044:喘息死と交通事故死。(平成9年11月23日)

最近の統計では、喘息死は年間7,200人(約1時間に1人)と言われています。交通事故死が毎年1万人前後で、この両者はよく対比されます。

私は最近、交通事故死と喘息死が色々な意味で似ているのではないかと思うのです。交通安全教育喘息患者教育も似たような性格を持っています。

あわや死にそうになるほどの事故を経験したり目撃したりすると、車の運転には細心の注意を払うようになるでしょう。喘息死も「今日何時頃○○病院で喘息の患者さんがおひとりお亡くなりになりました」とでも毎日ニュースで流れれば少しは関心を持ってくれるのではないかなどと馬鹿なことを考えたりします。

それにしても、毎日のように流される交通事故死のニュースは、ほとんどの方が「またか」と右耳から左耳へと流れていって、心のどこかに自分は大丈夫と我が身に照らして考えることはしないでしょう。喘息も成り立てのころは、まさか自分が喘息で苦しい思いをしたり死に目にあったりはしない、あれは重症な人間にしか当てはまらないことだ、とたかをくくっているはずです。

症状の軽いうちに、定期的に薬を飲みなさい、吸入をしなさい、ピークフローをつけなさい、といくら勧めてもほとんどは途中で投げ出してしまうでしょう。交通安全教育をいくら頑張っても、交通事故死をゼロにできないように、“喘息は命に関わる危険な病気だが、しっかりと自己管理をして行けばいい状態でコントロールできるようになること”を教育の形でいくら伝えても、ある程度の限界はあるような気がします。

ある画期的な薬剤が開発されて、その薬を飲んでいるうちは何をしても発作が起きない、またある治療をすると喘息がすぱっと治ってしまう、という状況にでもなれば別ですが、現状では無理でしょう。医学全体を見回してみてもそのような薬と病気の関係は存在していないと思います。例えば、抗生物質は非常に効果のある薬剤ですが、いくら抗生物質を飲んでいても、肺炎で40度も熱があるのに無理して仕事をしていては治る病気も治りません。限界を認識しながらでも、地道に患者教育や喘息知識の普及はやらなければならないことだと思います。

この交通事故に関して、興味深い話を関連リンクで紹介しているZensoku WebのAICHANから聞かせていただきました。それは、交通死亡事故撲滅作戦の一環としてよく行われるスピード違反取り締まりはまったく根本的解決にはならないという内容です。

AICHANは以前仕事の関係で、交通事故に対する警察や行政のやり方に疑問を抱き色々調査したのだそうです。その結果、
『交通事故死ばかりに注目した対応はおかしい。交通事故そのものを減らさなくては交通事故死はなくならない』
『交通事故のほとんどはヒューマンエラーで起きている。その交通事故を減らすには教育が必要だ。交通安全週間に街頭に立って旗を振っても仕方ない』
との結論に達したそうです。

AICHANの調査によりますと、
『スピードの出しすぎが事故原因のナンバー1なんていうのは嘘もいいところで、事実は人身事故の多くは制限速度以内で起きているのです。死亡事故に限ると確かに車がスピードを出していた場合が多いのですが、しかしそれが事故原因と断定できる例はまれなのです。それなのにスピード違反が事故原因の最たるものと言われるのは、人身事故を起こしたドライバーがそのときおかしていた違反にスピード違反が多いからというだけのことなのです。交通事故死が増えると警察や役所への風当たりが強くなります。そんなことからも彼らは何よりもまず死亡事故を減らすべく、スピードが出ていなければ死亡事故になりにくいからと、そういう理由で死亡事故対策ばかりに力を入れるわけです』

さらに到達した結論は、以下の通りになるそうです。
『現在の交通事故対策は、根本的対策にはなり得ないということです。私は、幼児からの教育が必要だと考えました。名ばかりの教育ではなく、多くの人が多くの時間と経費を使って行う本格的な教育です。交通事故のメカニズムと原因を徹底的に調べたところから得られる知識を総動員しての実践的な教育です』

私は、なるほどと感心させられました。確かに死亡事故を起こすようなドライバーにはスピード違反が罰則としてつけられますが、原因がすべてスピード違反であるかどうかは分からないはずです。スピードを出しすぎてカーブを曲がりきれず、追突死する場合もあるでしょうが、そんなに多くはないことでしょう。

また、交通事故死者の頭数を減らそうとして、表面的なスピード違反の取り締まりをするのは、喘息死数を減らそうとしてベロテックを規制するのにそっくりな表面的な対応であると思いました。喘息死した方がベロテックを握りしめている、あるいは遺体の周辺に転がっているから、ベロテックが喘息死の原因だと、よく分析もせずに安易に結論を出し、販売中止という表面的な方針を打ち出してしまうのでしょう。現場を知らないお役人のやりそうなことです。

喘息死は氷山の一角です。喘息死を減らそうとするなら、その前にすべての喘息の患者さんが理想状態でいれるように、よく患者教育し、吸入ステロイドを普及させなくてはならないのだと思います。

地道な努力なくして大きな成果は得られないのですね。