058:吸入ステロイドと白内障。(平成10年4月9日)
全身性ステロイドの副作用のひとつに白内障があります。目のレンズが白く濁り視力障害を引き起こす病気です。軽いうちは、点眼薬などで進行を抑えることは可能ですが、進行すると手術によってレンズを摘出しなければなくなります。
これに対し、吸入ステロイドでは白内障は起こらないという報告しかなかったのに対し、昨年医学界の権威ある雑誌、The New England Journal of Medicine (337:8-14, 1997)に「吸入ステロイドコルチコステロイド使用と白内障の危険性」と題した論文が発表されました。
これは、オーストラリアのある地域の49歳から97歳までの計3,654人を対象に大規模な白内障の眼科的検査とアンケートによる吸入ステロイド使用状況とを調査したものです。このうち370人が吸入ステロイド(ベクロメタゾンとブデソナイド)を現在あるいは過去に使用していたそうです。
その結果を要約しますと、ベクロメタゾンの生涯累積投与量が多くなればなるほど後部嚢下白内障(レンズの後ろ側の被膜下に起こる白内障の一亜型)の危険性は有意に高くなり、生涯投与量が2,000mg(1日800マイクログラムで約7年間継続した場合に相当)を越えるとその27%にこの種の白内障が認められた、とのことです。
権威ある雑誌ですから、この調査方法は適正であり、また発表内容も事実であることは認めなくてはなりません。しかし、これを読んだ方が「やはり吸入ステロイドも危ないんだ」と即断しくれぐれも吸入ステロイドを中止することのないことをまずお願いしたいと思います。
この報告は事実としても、すぐに喘息治療をしている患者さんに当てはまるかどうかは大きな疑問が残ることも確かです。いくつか私なりの解釈を示したいと思います。
(1)対象が高齢者であること。
白内障は元々高齢者に起こる病気とされてきました。このような高齢の方を対象とした場合、吸入ステロイドが白内障発症の危険因子であるよりも、白内障進展の加速因子である可能性があること。つまり、若い世代の方が白内障になるかどうかとはまったく別問題であること。
(2)ベクロメタゾンの投与量が曖昧なこと。
アンケート調査ですから、過去にどのくらいの量を吸ったかは記憶のみが頼りです。吸入ステロイドと白内障発症の因果関係を実証するには、今後に向けたそのような調査を計画して行わなければなりません。
(3)どのような吸入操作が行われたかが一切不明なこと。
吸入ステロイドをスペーサーを使用せず、早い吸入で、しかもうがいをしなければ、当然体内に侵入するステロイド量は多くなります。いくら肝臓で分解されるとは言っても不適切な吸入がなされれば、このような副作用結果は起こりうると思います。
(4)真の白内障に進展するかは不明なこと。
今回は眼科的検査で白内障が存在するか否かの調査です。検査して白内障の芽が発見されたとしても、それが天寿を全うするまでに視力障害を来すような重度の白内障に進展するかどうかは依然として不明です。
また、この報告に対する陶生病院の谷口先生のコメント(Asthma Trend, Vol2, 1998)を紹介させていただきます。
…しかしながら、長期の高用量の吸入ステロイド薬が必要とされる重症喘息患者においては吸入ステロイド薬投与による白内障発生のリスクと、十分に投与せずにコントロール不良となり全身性ステロイドの使用頻度が増加したり、喘息死のリスクが上昇する可能性を同時に考えて行くべきである。いずれにせよ、今後高用量の吸入ステロイド薬使用者においては眼科的検査を定期的に行ってゆく必要があろう。
私もまったく同感です。たとえ鵜呑みにはできない調査結果であっても、吸入ステロイドに対する警鐘として受け入れて行かねばならないことは事実です。谷口先生の言われるとおり、高用量の吸入ステロイド薬使用者においては眼科的検査を定期的に行ってゆく必要があると思います。白内障は、初期に発見されれば点眼薬などによって進行を防止することもできますし、万が一進展を阻止できなくても手術によって視力障害は回復可能な病気です。その点もよく考慮して、今後の吸入ステロイド使用を患者さん自身が決定して行くべきであると思います。
最後に、高用量の吸入ステロイドを用いなければ良い状態を維持できないような喘息の方は、やはり安静や全身性ステロイドを適宜使用するなどしていち早く気道炎症のない理想状態に達し、より少ない吸入ステロイド量で喘息の良い状態を維持できるように導かなくてはならないのだとも思います。
吸入ステロイドについて、この機会に皆さんもよく考えていただければと思います。