112:喘息死訴訟の一例。(平成12年8月22日)

JAMIC JOURNALの2000年8月号に「気管支喘息発作による死亡と診療の適否」と題した喘息死訴訟の一例が紹介されていました。法学評論家で明治大学法学部講師である深谷翼氏が書いたものです。喘息死にまつわる問題点が浮き彫りにされていましたので、地名や日時など一部改編して紹介することにしました。

サブタイトルは、「気管支喘息重積発作により死亡した患者の治療において、適切な病態把握および臨機応変な処置をとることができなかったとして、病院の賠償責任が肯定されたケース」とされ、医療側の過失が裁かれていますが、「喘息死は常に喘息には付きものである」として、過失が一部相殺されているのが興味ある点だと思います。

まずは、事実のあらましです。

男性A(死亡当時27歳)は、小学校入学頃から中学校入学頃まで小児喘息で通院治療を受け、中学校入学頃には喘息発作を起こさなくなっていた。

しかし、19歳頃に気管支喘息を再発して以来、年に1、2回程度の喘息発作を起こし、通院治療を受けていたが、平成3年7月頃は2、3週間に一度通院し、気管支拡張剤、交感神経刺激剤、ステロイド剤等を毎日服用していた。

Aは、死亡年の6月下旬から倦怠感や動悸等の症状があったため、7月5日午前、医療法人社団Z会(以下、Z会という)の経営するZ病院内科外来を受診したが、喘息等の症状もなく異常が認められなかったことから、ビタミン剤の投与を受けて帰宅した。

しかし、Aは、翌6日午前2時頃から激しい喘息発作が起こり、午前8時頃、再びZ病院内科外来の診察を受けたところ、気管支喘息の中程度の発作と診断され、ネオフィリン(気管支拡張剤)の注射、サクシゾン(ステロイド剤)等の点滴および酸素吸入が行われたが、発作が治まらなかったため、同病院に入院した。

その後も、サクシゾンの追加点滴、ネブライザーの吸入、ボスミン(気管支拡張剤)の点滴等の投与を受けたものの、症状は改善せず、午後2時10分には、挿管の上人工呼吸器を装着した。

午後4時頃から、Aは血圧の上昇、多量の発汗を伴い、意識不明の状態となり、午後5時20分、血液ガス分析を実施したところ、酸素分圧は143.5mm水銀柱、炭酸ガス分圧は93.0mm水銀柱、ペーハーは7.173であった。

その後も、ネブライザーの吸入やボスミンの点滴等が行われたが、午後8時頃のAの状態は血圧172/113と異常に他覚、心拍数165であり、痛覚、腱毛反射がなく、四肢冷汗で爪甲色不良のチアノーゼを呈し、ショック状態になり、午後8時20分には頸部と胸部に皮下気腫が発見されたことから、再度ネブライザーの吸入やネオフィリンの注射等が行われた。

しかし、Aの症状は悪化の一途を辿っていたため、これ以上の治療は不可能であると判断し、午後11時30分、B大病院に転送して、同大病院において心臓マッサージ等の蘇生措置がとられたが、Aは、翌7日午前1時17分、気管支喘息重積発作により死亡した。

ここで、皮下気腫とは高度な気管支収縮によって肺が過膨張になり、その結果肺が破裂し、胸腔(肺が入っている空間)内に空気が漏れて肺をぺしゃんこにしてしまう気胸といわれる病態に陥るとよく見られる合併症です。皮下に空気が入り込み、手で押すとぷつぷつと音がする状態です。

以下、遺族からの訴訟になります。

そこで、Aの妻X1および子X2(以下、Xらという)は、Z会に対し、7月6日午後5時20分に行われた血液ガス分析により炭酸ガス分圧値が93.0mm水銀柱を示した後、午後10時30分に行われた血液ガス分析により同分圧値が230.0mm水銀柱という高値を示していることから、この間に換気障害が極度に達し、さらにこの間に気胸も生じ、気胸が換気障害に追い打ちをかける形でAの死亡の結果を招いたものであるとして、Z病院には、主位的に、

(1)病態把握を怠った過失(適切な時期に血液ガス分析、X線撮影等を実施せず、Aの病態把握を怠った業務違反)、

(2)臨機応変の措置をとらなかった過失(ネブライザー、ステロイド剤やネオフィリンの使用に関して適宜適切な時期、量や方法を誤り、気管支洗浄や全身麻酔等の手段を考慮するなど、状況に応じた臨機応変の処置をとるべき業務違反)、

(3)X線撮影を怠った過失(X線撮影は気胸の発見、挿管の位置確認、肺野の状態把握のために必要であったのに、これを怠った業務違反)、

(4)予備的に、転院措置の遅延(遅くとも午後8時20分に皮下気腫を発見した時点で直ちに転院させるべきであったのに、午後11時過ぎまで転院を遅らせた業務違反)、

があり、これらの過失とAの死亡との間に因果関係がある、と主張して、民法第709条(不法行為責任)に基づいて、過失利益や慰謝料など1億501万6,719円の損害賠償を求めた。

これに対して、Z会は、Z病院では気胸は生じておらず、かりに気胸が生じていたとしても、Aの死因はあくまでも喘息発作による呼吸不全の結果である換気障害であり、気胸からの肺虚脱と死亡との間に因果関係はないし、Z病院ではAに最善の治療を行っており、Aの死の結果との間に因果関係はないと反論した。

これに対し、最終的な裁判所の判断は、以下の通りです。

裁判所は、Aについて7月6日午後8時以前には気胸が発生していたことを認め、右気胸が同人の喘息発作による換気障害に追い打ちをかける形となって死亡の結果をもたらしたと認定したうえで、Xら主張の前記(1)(3)については、Aの症状は入院直後から刻々と悪化しているにもかかわらず、Z病院は適切な時期における血液ガス分析、X線撮影を実施することを怠り、Aが刻々と悪化していく状態の的確な把握とそれに対する検討を怠った点に過失があるとし、(2)については、ネオフィリンの投与、気管支洗浄および全身麻酔の処置をとらなかったことについて過失を認めることはできないが、気管内挿管するまで1回しかネブライザーを使用していないことは、呼吸困難を訴えている患者に対する対応としては不十分で適切な処置であったとはいえず、サクシゾンを挿管後に使用しなかったことも疑問であるといわざるを得ず、(4)についても、午後5時20分以降に転院措置をとらなかったことはAの病態把握に対する過失の延長上に存する行為であり、全体としてZ病院の過失を構成し、右過失とAの死亡との間の因果関係も、これを公認しうると判示した。

この病院に対する裁判所の判断は私も妥当だと考えます。この中で、特に以下の記載が、喘息あるいは喘息死という病気の特徴をよく把握している判断ではないかと目に留まりました。

もっとも、裁判所は、損害の範囲に関しては、喘息は、軽症あるいは中等症の喘息患者でも突然大発作を起こし死亡することもある危険な病気であり、Aのように急激な症状悪化の経過に鑑みれば、Z病院による適切な病態把握および臨機応変な治療処置がとられたとしても、死亡に至る可能性もまた少なからずあったことが認められ、そうであれば、Z病院の処置とAの死亡との因果関係を否定することはできないものの、Aの症状の重篤さとその急激な症状経過およびもともと同人が幼い頃から患っていた喘息特有の病質に鑑みると、Aの死亡による損害を全額Z会の負担とするのは相当ではないと判示して、過失相殺の法理を類推適用し、結局、損害の4割を減額して、Z会は、Xらに対し、逸失利益や慰謝料など計4,606万7548円の賠償を支払えと命じた。

最後に総括として、以下の記載がありました。

本件は、気管支喘息重積発作により死亡した患者の治療において、適切な病態把握および臨機応変な処置をとることができなかった過失を肯定した一方で、喘息の危険性、患者の急激な症状悪化等を考慮して過失相殺法理を類推適用し、損害の4割を減額したケースとして、事例的意義があろう。

今回の訴訟を通して、医師(医療従事者)側も患者側も喘息に対する正しい認識を持ってもらうきっかけになって欲しいと強く感じました。

喘息は、決して甘く見てはいけない病気です。甘く見ると痛い目に遭います。しかし、正しい認識と適切なコントロールを行えば、決して恐れる病気ではありません。

このことを最後に強調したいと思います。