(02)36歳、女性(医学部秘書)

「あなたは喘息ではないよ、精神病だよ」と救急当直医から。


本人から(01)の方の手紙を読んでこの寄稿集を読んでコメント

本人から

『喘息との闘い』

健康だけには自信があった私にとってたかが風邪ぐらいと軽視し、こじらせたのが最初の喘息発作を起こすきっかけになりました。1984年、当時24才。

翌年7月、開業医の紹介で大学病院の内科初診。重症のため病院前の坂道を歩くことすらできず、家族らに支えられ受診したことを今でも忘れません。その後、幾度となく重度の発作のため入退院を繰り返し、いつ呼吸が絶えてしまうだろうかという死に直面する恐怖感の続く毎日でした。“死の宣告”を告げられた家族は涙に伏せるだけでした。

その状態に拍車をかけるがごとく、ある先生は、
「あなたは喘息ではないよ。精神病だよ。プリンペラン(吐き気止め)でも点滴してやるよ」
と簡単に処置され、私はじめ家族全員激怒し誤診ではないかと攻め寄ったこともありました。その医師は後でわかりましたがステロイド使用批判者でありました。それ以降、私はだれも信用できず、これまでの人生の中で経験したことのない暗い哀れな生活が続きました。

このような苦境に立っていた私に暖かい手を差し伸べて下さったのが現在の主治医の先生でした。今、現在私がこのように社会復帰ができ健常者以上に働くことができるようになりましたのも先生より施して頂いた治療(ステロイド治療)のお陰だと深く深く感謝致しております。先生は私にステロイドの効能・作用・副作用について私の症状に基づき詳細に説明して下され、十分理解の上治療が開始されました。治療内容はステロイド静注点滴で気道の浮腫を取り、正常な気道に吸入ステロイドを作用させていく方法。これにはピークフロー測定は必須。

その後、別人のように症状が良くなり、こんなによい治療をなぜもっと早く施してくれなかったのかと悔やまれてなりません。発作を起こしては入院。気管支拡張薬の皮下・静注点滴で止め、一時的に発作がおさまれば退院。気道浮腫状態のまま退院のため感染し、また発作。そして体力低下。入院。この繰り返しで十数年勤務してきた職を辞すに至りました。今考えるとこのような治療は全く私にとって無駄だったという気がしてたまりません。

このような治療を進めて行く過程で、1994年3月、先生は勇断をもって私に内服ステロイドのメドロール投与という画期的な治療を施して下さいました。そのメドロール投与により、今日まで“全く一度も”喘息発作は発症しておりません。かかる状態は先生の下記の綿密な治療方針の賜物と確信しております。これはすなわち私の喘息管理法ともなっております。

<1>全身性ステロイド治療:気道の浮腫解除。
<2>吸入ステロイドの正確な吸入:誤った吸入方法では症状が悪化する。
<3>ピークフロー測定:喘息患者の常識→発作予知可能。症状悪化時最も大切なデータ。
<4>経口ステロイド自己管理:自己ベスト20%低下時には投与量16mgまで増量。いつでも内服できる状態にしておく。
<5>水分補給(去痰作用、乾燥予防のため必須)。

最後になりましたが、私が喘息という病と闘ってきて思うことは、喘息は“病は気から”などという考えではいつまでたっても治らないということです。私論になりますが、自分にあった適切な治療を施して頂く必要があるということです。一度浮腫に陥った気道はステロイドを使用しなければ何度でも発作を起こす。私は実証済みです。

先生方へもの申す立場のものではありませんが、これだけは喘息患者として言わせて頂きます。喘息の治療には数多くあると思いますが、その患者に一番有効な治療があるはずです。私のように頻回に起こす喘息に対しては、一つだけの治療方法(対症療法)にこだわらず、他の治療方法(ステロイド療法等)ではどうかと検討して頂きたいのです。現に私のように副作用全くなく好機を転じているということを忘れないで下さい。

また、現在喘息で苦しんでいる方、苦しんでいるのはあなただけではありません。あなたを取り巻く全ての人間(主治医・家族)があなた以上に苦しんでいるということを忘れないで下さい。これは全快してわかりました。根気よく、正確なデータを主治医に伝えることが好機をつかむ一番の早道です。

私は今、13年前、重症で歩くことすらできなかった病院前の坂道を、今は息切れ一つせず“ダッシュ”することができるようになりました。私のような重度の喘息を治療して下さいました主治医の先生、いつもやさしい言葉で力づけて下さいました看護婦さん方に深く深く感謝申し上げます。

1996年12月31日、メドロール増量しピークフロー値610測定。自己ベストを知る。

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(01)の方の手紙を読んで

(01)の喘息児のお母様のお手紙を拝読させて頂きました。私は成人喘息患者で小児喘息を全く経験したことがありませんが、一喘息患者としての考えをこの手紙上の先生、婦長さん、看護婦さんに理解して頂きたく筆を取らせて頂きました。

喘息教室まで開き病気に対して理解を得てもらうとする体制はよくわかりますが、私が拝読させて頂いた限りではこの喘息児に対する治療・処置は不十分ではないかと考えられます。なぜならば、喘息児という意思表示が不十分な弱者に対して、あまりにも微熱・食欲不振等の病状に対して軽視し、根拠もなしに病状判断をされ、発作頻回発生でも退院させるのは大変恐ろしいことではないでしょうか。また、もっと恐ろしいことに発作が発生しているのに看護婦さんが母親に対して、
「もう少し我慢させて下さい」
という対応には驚愕致しました。それは私、喘息患者として言わせて頂きますが、
「あなたの喘息には対処できません。死んで下さい」
と言われていると同じことなのです。
喘息は我慢できないのです。我慢すれば病状が悪化するという最低限度のことは覚えておいてほしいのです。現在、喘息治療技術が進歩してきている中で、このような喘息児がいるかと思うとかわいそうでなりません。

私の喘息は1984年発症し、今は主治医の先生のもとで難治性慢性型気管支喘息として治療をさせて頂いております。先生が私に施して下さった全ての治療(自己管理・ステロイド療法)が有効し、全く動くことすらできなかった私を社会復帰まで実現させて下さいました。もう3年間も発作、喘息に係る症状は全く発生しておりません。PF値ベスト610を測定しております。

どうかもう一度喘息に対する治療方針を考え直し、改めて頂きたいのです。このような手紙上の喘息児に対する治療方法が続く限り、喘息患者死亡率は低下しないのではないでしょうか。喘息教室で死亡例を上げ説明するより、最先端の治療方法について教室を開いてみてはいかがでしょうか。

最後になりますが、手紙上の先生、婦長さん、看護婦さんに喘息治療技術のレベルアップと医療看護の温情性をご期待申し上げます。以上が死直前まで経験した私の意見です。

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寄稿集を読んだ感想

「ぜんそく患者さんからの寄稿集」(初版)有り難く拝読させていただきました。(註:この寄稿集は私の診ている患者さん向けの小冊子として作られたものです)感想・意見を述べさせていただく立場のものではございませんが、寄稿集に投稿させていただいた一患者として、一言述べさせていただきたく筆を執らせていただきました。先生には身に余るコメント、心暖まる適切なアドバイスを頂き本当にありがとうございました。正直言って寄稿集を拝読後、涙がこぼれました。喘息大発作で苦しかったときのこと、そして死に直面することの恐怖に毎日怯えていたときのことが思い出され、しかしそれが今良好な状態になった実態を寄稿集に取り上げていただいたといううれしさで胸がいっぱいでした。

私にはこの寄稿集を是非読んでもらいたい人が2人おります。その2人とは私が4年前に入院し、ステロイド治療を受けていたときに隣のベッドに入院してきた患者さんとその患者さんの主治医だった先生です。4年前のある日の朝、私はいつものようにステロイドの点滴を受けていたところに隣のベッドの患者さんの主治医の先生がいらして、いろいろと喘息の治療について説明が始まり、必然的に私の耳にも入っておりました。その中でステロイド治療の話があり、「ステロイド治療をすると人間弱くなるのでそんな治療はしません」というステロイド治療を批判した説明でした。それを聞いたとき私は先生から懇切丁寧にステロイド治療について話を伺っておりましたので不安は微塵もありませんでした。

私は今あのときの主治医の先生に16人(註:初版は16人で発行しました)の寄稿文を読んでいただきステロイド治療の有効性について見直してほしいのです。各患者さんの体質・病状・生活環境・精神状態は異なると思いますが、ステロイド治療を受けてこの私のように健常人以上に元気に社会復帰を果たしている患者がいるということを認識していただきたいのです。そしてあのときの患者さんが喘息でまだ苦しんでおられるようでしたら是非ステロイド治療を希望してみては如何でしょうか? 大好きな犬を手放すように家はフローリングにしてみては言われていたことが非常に印象に残っております。

喘息管理・治療に関して先生が提唱なさるとおり、ピークフローとステロイドで十分である。これにつきると私も思います。

まだよくなっていない患者さんが一人でも多くこの寄稿集を読まれ、一日も早く青信号状態を体験していただければと陰ながらお祈りいたします。

ちょっと欲張りですが、先生を信じて、私も一日も早く“薬物に依存しない生活に成功”という題目で寄稿集が投稿できるように努力していきます。

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主治医のコメント。

「医師は患者から学ぶことを忘れてはいけない、患者こそ唯一の教科書である」というのが我々の医学教育で教わったことです。つまり、教科書に書いてあることよりも患者さんが訴えることのほうが重要であるという意味ですが、この点で、私はこの方から喘息についてたくさんのことを学ばせていただきました。なかでも、2つの点は私にとって重要でした。

1つ目は、メドロールというステロイド剤との出会い。ステロイドには、たくさんの種類があり、注射・経口・吸入と投与方法もさまざまです。そのなかで、メドロールという経口ステロイドは、標準的なステロイドであるプレドニンと比べて、より肺に集まりやすく、また同じ量を投与しても喘息の気道炎症を7〜8倍も鎮めてくれるのです。さらには、代表的なステロイドの副作用である副腎皮質抑制(もともとのホルモンを分泌する働きを弱くしてしまう作用)も少ないとされているのです。このようにまさに“気管支喘息治療のためにある”ようなメドロールを使うようになって、彼女は“発作”を起こさなくなりました。発症からの約10年間で17回も入院を繰り返した彼女にとってこれは画期的なことでした。そして、1年半の間通院を繰り返す日々が続いたある日、体力に自信がついた彼女から仕事をしたい旨を告げられました。私自身は実はとても不安でした。しかし、私自身判断をしかねていたところに、彼女から「決まりました」と報告を受けました。その後、元気に働いている姿を見て私自身が自信をつけることができました。

2つ目は、喘息患者のもつベストのPF値についてです。仕事を続けながらも、PF値を500程度に維持していたのですが、仕事を始めて1年の間に2度ほど、点滴を受ける程ではありませんでしたが、風邪からPF値の低下をきたし、咳と痰が出現し始めたことがあるのです。その時は、仕事を休ませ手持ちのメドロールを6錠まで増やしてPF値が元の500に戻るまで服用させました。最初は仕事をしているのだから、時々PF値が下がるのは仕方ないことなのか? と思っていたのですが、次の(03)の患者さんのところでも述べてありますが、もしかしたらこれまで理想としてきたPF値500という値は、彼女の自己ベストではないのではないか? と考えるようになったのです。幸い、年末年始も近づいて長期休暇を取れる状態にあったので、「喘息のあまり悪くない今の状態から、メドロールを6錠に増やしてみては?」と持ちかけました。その結果、彼女のPF値は500前後からぐんぐん上昇し、ついに610を記録したのでした。

これは私にとって大変な驚きでした。この値は健常男性なみの値であり、喘息患者さんは潜在的には健康人より肺活量が大きいのだ!と、教えてくれたのです。一度600付近を経験してしまうと、今までの500という一見良い状態は、実はまだまだ気道炎症の残る不完全な状態であったと思えるようになったのです。



その後の彼女は、550前後でPF値は安定しており、以前のような風邪でPF値が下がることはなくなりましたし、仮に下がったとしてもまた一定期間メドロールを投与して600近くまで戻せばよいだけの話です。

これまでステロイドを手持ちで屯用するのは、状態が悪くなった時のみでした。彼女の状態を例に取れば、500から350位に低下して始めて投与するようなものです。これは、600から500に低下した時に追加投与するのに比べ後手後手に回っているとは思いませんか? 病気克服の原則は、早期発見・早期治療と先手先手を打つことであることを考えると、喘息の管理もこのように行われるべきではないでしょうか? 

この場をかりて、患者の皆さんに是非お伝えしたいことは、(1)喘息管理には、ピークフローメーターが不可欠であること、(2)もしPF値が平均値を維持していても、風邪を引きやすく度々発作を起こすとしたら、それは自己ベストではないことを認識することです。ステロイド投与によって自己ベストが出せるようになるのは、一定期間の入院や自宅安静が必要なので、どの患者さんにもできることではありません。しかし、どの患者さんにも今の状態よりもっともっとPF値は増加できる可能性があることを忘れずにいて欲しいと思いますし、もしその機会があったら是非短期間ステロイド治療をすることをお勧めします(→付録・感想:(3)・気管支喘息患者さんへ)。また、忙しくてそれができない場合は、自分は今決して完全な状態にある訳ではないこと、だからあまり無理ができないこと、悪くなりそうだったら早目に処置をすること、などを十分自覚して欲しいと思います。

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