1週間会社を休んで良くなった。
私は、ここ3年気管支喘息で悩み苦しんできました。風邪も引き易く、朝起きた時など咳、痰がひどく出て、吸入ステロイド剤もなかなか効かなく仕事も休みがちになり、家族にも心配、迷惑をかけてきました。
ピークフロー値も私の場合500と言われたのが、350〜400位でずっと過ごしてきました。前々から点滴ステロイドを勧められていたのですが、1週間の間家事や仕事を休む事に悩み、また副作用も心配で飲み薬と吸入ステロイド治療だけにしていました。
昨年11月、毎日続く咳に疲れ、11月29日から12月5日まで家で体を休め、毎日点滴に通う方法で1週間点滴ステロイドを始めました。その結果、ピークフロー値が初日370だったのが、治療後520まで上がるようになりました。副作用の心配もなく、治療から4ヵ月位経ちますが、咳も出ず、前に比べ楽な生活を送る事ができています。
→ 最初へ
この方は、仕事と家事に追われる忙しい毎日を送っていたため吸入ステロイドを使用してもなかなか気道の炎症が取れず快方に向かわなかったのですが、思い切って1週間仕事を休み点滴で喘息を良くすることができた例です。
全身性ステロイド投与中は、なぜ身体を休めなくてはならないのでしょうか? その理由については、「付録・感想:(3)気管支喘息患者さんへ」と題した喘息治療計画に詳しく書かれていますが、要は全身性ステロイドは長期に渡って使用すると副作用が出てくるため、なるべく短期間で目的を達しなければならないという制約があるからです。そのためには、仕事やきつい日常生活からくる肺や気管にかかる負担をなるべく軽くして、ステロイド治療の効果を最大限にする必要があるからです。何もしないで1週間から10日間を過ごすことは苦痛の様でしたが、その時期を我慢したからこそ、今元気に仕事ができているのだと思います。
吸入ステロイドは、吸入されて気管支粘膜に到達してはじめて効果を表わす薬剤です。従って、発作時のように極端に気道が細くなっていたり、痰が多く気道を閉塞していたりしては、吸入ステロイドの効果は十分得られません。このような時は、吸入ステロイドの回数を増やしてもなかなか効果が得られませんので、点滴あるいは経口ステロイドを一定期間投与し気道を広げてあげなければなりません。このような全身性ステロイドは、何ヵ月も投与すると、骨がもろくなったり、糖尿病や白内障などの合併症を引き起こしたりするので、多くの医者や患者さんから忌み嫌われる薬剤の代表となっているのです。しかし、この方のようにピークフローを記録していれば、目標値をもって短期間に全身投与ができるので、これまでのように発作という症状で判断して投与されていた時と異なり、効果不十分であったり、逆にだらだらと長く続けすぎたりするような中途半端な使用法は回避できるようになったのです。
これまでの喘息治療薬は、発作を持続的に和らげる薬剤、またステロイドに代わる副作用のない“抗喘息薬”と呼ばれる予防薬を中心として開発されてきた経緯があります。一つの薬が発見され世に出るまでには何十年という年月と経費がかかります。従って、今世に出回っている喘息治療薬のほとんどは、新発売の薬剤とは言ってもこうした背景がありますので、必ずしも“新しい”とは言えない面があるのです。しかも薬価が高く設定されていますので、皆さんの負担も自ずと大きくなるのです。これに反して吸入ステロイドはこうした時代の要求とは別に、言ってみれば副作用のないステロイドとして偶然にその効果が認められた画期的な薬剤と言ってよいでしょう。吸入ステロイドの効果が世に認められだした時期にほぼ一致して、これまで治験開発されてきた新しい抗喘息薬が次々と世に出回るようになりました。従って、これまでの抗喘息薬と吸入ステロイドとを合理的に共存させて行くにはどうしても無理があると考えられます。
従来の治療法を大切にしてきた先生方、あるいは新しい抗喘息薬の開発を手がけてきた先生方や製薬会社にとって、吸入ステロイドはそう簡単には受け入れ難い薬剤であったはずです。もっと現実的なことを言えば、吸入ステロイドは自分たちの存在すら脅かされるかもしれないほど“恐ろしい”意味合いをもつ薬剤であったと思われます。いろいろな事情が複雑に絡んでいますので、吸入ステロイドは素晴しい薬剤とは思っていても、従来の薬剤や新しい抗喘息薬も受け入れて行く、これは実に日本的なやり方だと思います。私自身もそう考えていた時期がありました。しかし、さきほどの経緯で開発されたあまりにも前近代的な薬剤が次から次へと発売され、さほど効くとは思えないしかも高価な薬剤が世に出回るようになり、もう我慢ができなくなったのです。膨れ上る一方の医療費や一向に改善されぬ喘息患者の生活の質を考えると、“良いものは良い”そして“効かないものは効かない”とはっきり言わなくてはいけないと考えるようになったのです。おそらくここまで言い切った医者はあまりいないと思いますが、内心は私と同じ気持ちである医師は結構多いのではないかと思います。大昔よりステロイドは一番効果のある喘息薬であった訳ですが、長期間使用すると副作用が出るために、それに代わる薬剤をということでいろいろな薬剤の開発が始まったところに、副作用のない吸入ステロイドが登場したのですから、吸入ステロイドが一番良いのは当り前のことなのです。
この吸入ステロイドの普及によって、私はさらに2つことが明らかになったと思います。
1つ目はピークフローメーターの普及です。何故かといいますと、吸入ステロイドは指示通り行えば副作用がない薬剤ですから、調子の悪い時は増量し良くなったら減量することが可能だからです。この目安にと家で簡単に肺活量が測れるピークフローメーターがクローズアップされてきたのです。ピークフローメーターはそんなに新しいものではなく、以前から喘息の病態解明や新しい治療法の判定などに用いられていましたが、いま一つ注目されませんでした。しかし、吸入ステロイドによる“喘息の自己管理”が注目されるようになり、一躍クローズアップされるようになったのです。種類もたくさん出回るようになりました。
2つ目は、これは私の個人的な考えですが、このピークフローメーターの普及によってこれまで副作用が怖くてあまり用いられなかった全身性ステロイドが十分にかつ目標を設定して使えるようになったということです。まさにこの方がよい例だと思います。特に吸入ステロイドの欠点である気道が細くなった状態を改善してくれるのが、全身性ステロイドなのです。すなわち吸入ステロイドと全身性ステロイドをうまく組み合わせることで、これまで経験できなかったような質の高い日常生活が得られる可能性がでてきたのです。
皮肉なことに、喘息治療にとって夢のような吸入ステロイドは、外用薬であるとか、あまり薬価を高く設定すると乱用されてしまうなどの理由からか、非常に安価な薬剤なのです。たった1種類の予防薬の薬価の何分の1というのが実情なのです。これは、逆の意味でいくら使っても儲からないという欠点もあります。ここに医療経済の難しさがあるのかもしれません。私たちが患者さん一人一人に十分に時間をかけて病状や薬の効果や副作用を説明するより、あまり説明に時間をかけずさほど効くとは思えない多くの薬剤を処方したほうが儲かるという現在の医療体制を是非見直して頂きたいものです。
発作が頻繁で喘息の状態が余り良くない時は、気管支拡張剤など様々な薬剤が必要になりますが、一旦気道の炎症が鎮静化され始めると、これまでの薬剤はほとんど必要でなくなるはずです(→(05)の患者さん)。そして、ステロイドを上手に使って良い状態に達すれば、ピークフローメーターで毎日モニターすることで、吸入ステロイドも含めて薬剤から離脱することが可能になります(→(09)の患者さん)。極端に言ってしまうと喘息の管理はピークフローメーターとステロイドで十分であるというのが、私の考えです。
→ 最初へ