(6)私のピークフロー値はどこまであがるのでしょうか?

【002】40歳男性(配達自営業)から

<質問>
呼吸筋力の件で質問があります。長年の発作で呼吸筋力が鍛えられるとすると、それだけでピークフロー値が上がることはありますか?もしそうだとすると、治療でピークフロー値が上昇しても、その上昇の要因の何パーセントかは呼吸筋力が強くなったことによるとは考えられませんか?例えば私は700目前まで来ましたが、それは700を吹いた当時くらいにまで気道の炎症がとれたからではなく、それに近いくらい炎症はとれていたとしても、呼吸筋力が強くなったことも大いに関係しているのではないですか?

<応答>
この質問は、「喘息の気道狭窄が慢性炎症に由来する」ことを理解する上でも、非常によい質問であると思います。

呼吸器系は大きく分けて、気管・気管支などの気道という“管(くだ)”とその先にある何億という数の肺胞という“袋(ふくろ)”の2つの成分からなると単純化することができます。“管”は単なる空気の通り道で、“袋”は酸素を取り入れ二酸化炭素を逃がすという呼吸器本来の働きをします。この両者は、車の両輪のようにお互いが正常でなければ、正常な呼吸は行われなくなります。喘息はこの“管”が細くなる代表的な病気なのです。“袋”が膨らまなくなる病気の代表に肺線維症という難治性の病気があります。

ピークフロー値は、厳密には肺活量とは異なります。患者さんにわかりやすく説明するためにこのように言っているだけです。本来の肺活量とは、言ってみれば“袋”全体の容積のことで、よく5リットルとか6リットルとかいうのを指すことはおわかりでしょう。たとえば、思いきり吸って一気にゴム風船を膨らましそれ以上膨らまなくなった時のゴム風船の容積がイコール肺活量です。ピークフロー値は、言ってみれば気管や気管支などの“気道の太さ”を表す指標なので、喘息など“管”の病気の指標として用いられるのです。喘息は“管”の病気ですから“袋”は正常です。あなたは喘息ですから、ピークフロー値は低くても肺活量は今でも正常のはずです。

さて、本題のピークフロー値と呼吸筋力の関係ですが、これはとても良い質問なのです。これを理解していただけたら、これまで以上に治療に専念してもらえるかもしれないと密かに期待しています。

今ここによく夜店で売っている“風船の先にストローのような管がついていて膨らますと「ぶぅー」と音の出るおもちゃ”を思い浮かべて下さい。そして、<1>ストローの太さ、<2>風船の容積、<3>ゴムの厚さが自由に変えられると仮定して下さい。そして、「びー」とでる音の強さが、空気の流れの速さ、すなわちピークフロー値です。ストローが太いほど、風船の容積が大きいほど、ゴムが厚いほど、音は大きく出ます。<1>は気道の太さ、<2>は肺活量、<3>は呼吸筋力に相当することは容易に想像できるでしょう。ピークフロー値はこの3つの因子によって規定されるのです。実は健康な人では、<1>気道の太さと<2>肺活量は、年齢と身長と性別でだいたい一定の値になるので、いくら鍛えても<1>気道が広がったり<2>肺活量が増えたりはしません。しかし、<1>気道の太さと<2>肺活量が同じ人でも、ひ弱な学者とボディービルで鍛えたスポーツマンでは、自ずとピークフロー値は後者の方が大きくなります。以上が健康状態でのピークフロー値の関係です。

次に喘息患者さんのピークフロー値の話に移ります。その方は、喘息になる前は、ある一定の<1>気道の太さ、<2>肺活量、<3>呼吸筋力を持っていて、600という値が吹けたとします。その後喘息になり病気(気道炎症)が悪化し、風船のストローの内側にゴミがたまるように<1>気道の太さがだんだんと細くなって行ったわけです。<1>細い気道で呼吸をするわけですから、<3>呼吸筋力は以前よりも増強して行きます。よく喘息で体力がなくなったと言いますが、それはあくまで酸素が取り入れられなくなった手足の筋力を指しているのであって、決して呼吸器筋力は衰えません。それどころかむしろ増強されるのです。その筋力をしてひどいときは200という値しかでなかったのですから、如何に<1>気道が細くなっていたかがわかります。

さて、吸入ステロイドが効きはじめて、気道炎症が取れ<1>気道が太くなるにつれ、ピークフロー値はその方の平均値である450と良くなってきました。さて、単純にこれで元に戻ったと手放しで喜べるでしょうか?これは、これまでの呼吸困難で以前より増強された<3>強い呼吸筋力で、まだ元の太さに戻っていない<1>細い気道の中に空気を送っているにすぎないと思いませんか?つまり、450という値は見かけ上の元の値であって、決して<1>気道の炎症は完全には戻っていないのです。実際の生活では、450も吹ければ発作などないのですが、気になることは、まだ気道に炎症が残っているということです。気道炎症が残っていることは、ストレスや過労で容易にピークフロー値が下がることであり、いつかまた風邪を引いてすぐピークフロー値が低下することでもあるのです。これはいわゆる“イエロー・ゾーン”に他なりません。そこで出てくる疑問は、今回のあなたの質問のように、気道炎症が完全に取れるといったいどこまでピークフロー値が上がるのだろうか?という点です。私は、600程度は吹けるようになると思います。もし、そこまで達したらストレスも過労もタバコも喘息の病態にはさほど影響を与えなくなる場合があります。実際、私はその状態に達した方を何人か診ていますし、「寄稿集」の(02)、(03)、(09)の患者さんあるいは「症例紹介」の(2)、(4)の患者さんとして紹介しております。悲しいかな、多くの方は、そこまで達しないうちに治療内容を減らしたり、仕事量を元に戻したりして、途中で悪くなってしまう場合がほとんどなのです。長く喘息を患った方は、平均値や過去のベスト値を目標値に設定したのでは不十分であるというのが私の考えなのです。

これに関連して、喘息児になされる「鍛錬療法」や「腹式呼吸」が如何に非合理的かという、“私の考え”を述べさせて下さい。もうおわかりのように、これらは、気道炎症をそのままにして<1>細い気道でも呼吸できるように<3>呼吸筋力を鍛え、見せかけ上の良いピークフロー値を出すためのトレーニングです。“喘息は気道炎症”の概念変化がおこる以前から存在している古い考え方であるかはもう納得していただけるでしょう。強いて長所を言えば、苦しさに耐える精神力が養われること、また気道炎症が完全に取れたときに人並み以上の体力がつくので、甲子園へ行ったりオリンピックで金メダルを取ったりする人間が誕生する可能性があることでしょう。地元や日本のためには良いことかもしれませんが、誰が好き好んでそんなことをするでしょうか?患者さん本人がその点を納得した上でなされるなら構わないと思いますが、医療従事者や喘息児を持つ親が患者さんや自分の子供に強要したり奨励したりするのは、甚だ問題であると思います。ただし、タバコを長く吸って気道が細くなった慢性気管支炎や慢性肺気腫のような方の<1>気道狭窄はステロイドでは取れない不可逆性の変化なので、こうした場合の「腹式呼吸」は現在のところリハビリとして意味はありますので、誤解なく。また、この点に関しましては、こうした療法を熱心に行っておられる方々からの反対意見を甘んじてお受けしたいと思いますし、また討論する機会を持ちたいとも考えておりますので、ご意見のある方はどうかメールを下さい。

『長年の発作で呼吸筋力が鍛えられるとすると、それだけでピークフロー値が上がることはありますか?もしそうだとすると、治療でピークフロー値が上昇しても、その上昇の要因の何パーセントかは呼吸筋力が強くなったことによるとは考えられませんか?例えば私は700目前まで来ましたが、それは700を吹いた当時くらいにまで気道の炎症がとれたからではなく、それに近いくらい炎症はとれていたとしても、呼吸筋力が強くなったことも大いに関係しているのではないですか?』という質問は、まさに的を得ているのです。700はこれまでのあなたの目標でした。しかし、未だ少し先があるかもしれません。ですから700を越えても、もう少し辛抱してどこまで行くか見てみるのも一策です。ただしこれはいわゆる「喘息治療ガイドライン」には載っていないレベルの治療ですので、無理はしなくても良いと思います。700を越えても高容量のベコタイドを続けるか否かはあくまでオプションです。仮に続けたとしても副作用については今まで通り吸入すれば私は全然心配していません。