(4)吸入ステロイドで気管支にはカビ(カンジダ)は生えないのですか?

【003】34歳男性(会社員)から

<質問>
ベコタイドを吸入した後、うがいをしないとカンジタがはえるとのことですが、気管にはそうしたカビははえないのでしょうか?

<応答>
非常に良い質問です(私が「非常によい質問」という場合はほとんど私が答えられる質問と言うことですが…)。

ベコタイドなどの吸入ステロイド(以下わかりやすくするためにベコタイドとして話しを進めます)の効果が認められるようになりはじめた頃、ステロイドに疑問を抱く医師達はこの点を引き合いに出し、やはりベコタイドは危険なのではないかと疑問の声を発しました。またこれと関連して、ステロイドは人間の抵抗力を弱めるので、そんなにステロイドを使用したら、逆に風邪を引きやすくなって喘息を悪化させてしまうのではないか?また、ステロイド胃潰瘍という言葉があるように、そんなにステロイドを吸ったら気管支粘膜に潰瘍が多発し穴が空いてしまうのではないか?色々な疑問が持ち上がったのです。しかし、不思議なことに答えはすべてノーでした。ただし、口腔内カンジダ症だけは実際に認められた副作用であったのです。この口腔内カンジダ症は、ベコタイドなどの吸入ステロイドの唯一と言っていい副作用ですが、その問題は、スペーサーの使用うがい励行という簡単な操作を加えるだけで、解決されてしまったのです。

では、なぜ気管内にはカンジダは生えないのか?答えはベコタイドの量の問題であると思います。

ベコタイドによる口腔内カンジダ症が大きく問題になったのは、スペーサーが普及される前の話なのです。つまり、直接口腔内に薬剤を噴霧していた頃なのです。この方法では、薬剤が咽頭粘膜に作用し、ほとんど気管支には薬剤が到達しないのです。そして、咽頭粘膜に当たった薬剤は、吸収されれば肝臓で分解されますので問題はないですが、粘膜に残ったベコタイドは口腔内カンジダ症を引き起こすに十分な量であったのでしょう。ましてやうがいをしなければますますその確率は高まります。スペーサーはベコタイドが直接咽頭に作用するのをやわらげますし、うがいをすればますますその作用は弱まります。

それで、まず咽頭粘膜カンジダ症の話は解決ですが、では、気管支に到達したベコタイドはなぜカンジダ症を引き起こさないのでしょうか?一つは先ほどの量の問題です。スペーサーを使用した場合でも1噴霧の高々10%程度しか、気管支に入って行かないとされています。しかも、気管支は末梢に行くに従って無数に枝分かれしていますので、合計の表面積というのは相当なものになります。まったくイコールではありませんが、人間の肺の表面積はテニスコート1面に相当するといわれていますので、すべての気管支粘膜の表面積はそれに匹敵する程度と考えられます。高々10%の量のベコタイドがテニスコート全面に散布されるわけですから、単位面積当たりのベコタイド量は、咽頭粘膜とは比較にならないくらい小さいと考えられます。ベコタイドの驚くべき点は、その程度の量でも十分に気管支粘膜の炎症を抑える効果があるという点であると思います。

また、これはあくまで私の推測です。ステロイドは、人間の元々体の中にあるコーチゾルと呼ばれる副腎皮質ホルモンの人工産物のようなものですから、喘息で気管支粘膜が炎症を起こしてホルモンを必要としている状態、つまり身体が欲している状態では、ステロイドは炎症を鎮めるという主作用しか効果を発揮しないのではないか、だからカンジダ症などの副作用は起こる余地がないのではないか、これが私の考えです。適材適所と申しますか、薬剤が身体に合って必要な量だけ投与され非常に効いている間は、以外と副作用は認められないことが多いのも事実ではないかと思います。蛇足ですが、私がプレドニンよりもメドロールというステロイドが好きなのは同じ理由によるのです。

また、他にも理由があるのかもしれませんが、現在のところ考えられているのは、最初の理由が大きいと思います。

薬剤の場合、いろいろと理論的に副作用は考えられても、非科学的ではありますが、実際にこの量・この投与方法なら副作用は起きないという、経験的なデータの集積が大切になる場合があることも事実であると思います。皮肉になるかもしれませんが、この意味で、ベロテック問題で薬害オンブズパースンが、実験データを根拠に「ベロテック乱用による喘息死は心臓死」と推測しているのも、「吸入ステロイドはステロイドだから感染力を弱め、気管支粘膜にもカンジダ症を引き起こしている可能性が高い」といって吸入ステロイドを批判していた時期があったのに似ていると思いませんか?(チトこれは一方的かな?)