(13)ストレスから喘息発作になることはありますか?
【002】40歳男性(配達自営業)から
<質問>
人がストレスを感じると胃壁に炎症が起こると聞いたことがあります。それがきっかけで胃潰瘍になるとも聞きました。これと同じような現象が気管や気管支で起こることはないのですか。つまり、ストレスを感じることで気道に炎症ができたり、もともとあった炎症が悪化することはないのでしょうか。
最近、精神的なことも喘息の原因のひとつなのではないかと思うことが多くて、ついそんなことを考えてしまいます。
ストレスと気道の炎症とを結びつけて考えるようになったのはずいぶん前のことです。やっかいなことに直面して頭を抱えたくなるようなとき、以前はすぐ発作になるか調子がいっぺんに悪くなるのでした。喉の奥がすぐいがらっぽくなってきてまず痰がからんできて、次に息苦しくなり、そして発作になったものです。非常に劇的にそうなるので、理由はわからないながらストレスは発作に結びつくと思っていました。
<応答>
ストレス性胃炎やストレス性胃潰瘍という言葉がありますように確かに、ストレスが炎症の原因になります。私は専門外なのですが、胃の中はpH=2と強酸性環境下にあります。この条件下では、通常の蛋白成分は変性してしまいますが、胃壁自体は粘液で覆われていて、自己消化から免れています。胃炎や胃潰瘍はこのバランスが崩れることから起こるとされています。つまりこれらの原因には、胃酸過多と粘液喪失の二つがあります。前者が攻撃型、後者が防御型と言えるでしょう。もし、ストレスによって、胃液分泌が増えるか、粘液合成が抑えられるかすれば、自己消化が起き胃の炎症=胃炎ができてしまいます。
気管支粘膜の上にも粘液があり粘膜を保護していると考えられますが、気管支には胃液のように刺激の強い外界ではありませんが、たえず外界からハウスダストやダニなどの異物の攻撃に曝されています。ストレスによって粘液合成が抑制され、気管支防御機構が弱まると、これらの抗原が気管支粘膜に侵入しやすいということはあり得るかもしれませんね。
>>最近、精神的なことも喘息の原因のひとつなのではないかと思うことが多くて、ついそんなことを考えてしまいます。
“健全な精神は健全な肉体に宿る”と言われますが、病気はこの逆です。身体と精神は切り放せません。精神的要因が肉体の状態に影響を与えることは色々な事実が物語っているでしょう。ただ、例えば、実験的に外界(抗原)と遮断されたきれいな環境下におかれた人間(あるいは動物)にストレス刺激をかけただけでは、喘息は発症しないと思います。また、いくら遺伝的に喘息になりやすい家系であっても、やはり環境との関連がなくては喘息にはならないのだと思います。従って、喘息は精神的な要因や環境的な要因との相互作用によって発症する病気なのでしょうね。環境的因子と一言で言っても、それは、抗原であったり細菌やウイルスなどの病原菌であったり気候的な要因であったりするのでしょう。これを医学的には病気の原因が多因子であると言います。同じようにタバコを吸っても、癌になる方とならない方がいるのはこれと同じことでしょう。
その意味では、喘息の原因を特定することは非常に難しい仕事ですね。ただ、一つはっきり言えることは、精神的要因は喘息の悪化や治療の妨害因子になるということです。これらを除かずしては、いくら良い薬が誕生しても喘息を克服することは不可能でしょう。
>>ストレスと気道の炎症とを結びつけて考えるようになったのはずいぶん前のことです。やっかいなことに直面して頭を抱えたくなるようなとき、以前はすぐ発作になるか調子がいっぺんに悪くなるのでした。喉の奥がすぐいがらっぽくなってきてまず痰がからんできて、次に息苦しくなり、そして発作になったものです。非常に劇的にそうなるので、理由はわからないながらストレスは発作に結びつくと思っていました。
このストレスから発作発症は興味深く拝見しました。それはいつ頃の話でしたか?
最近、よく患者さんやご家族の方から、発作やピークフロー値の落ち込みは精神的な要因に作用される、との話を聞きます。私もまったくその通りだと思います。
しかし、ここで分けて考えなくてはならないのは、喘息になってしまう「発症要因」と発作が起きてしまう「増悪要因」だと思うのです。もし、あなたのストレスからの一連の喘息の悪化が、喘息になる前のまったく正常な気管支粘膜の状態であった時に起きているとすれば、それは喘息を発症することとにストレスが関与すると言えるかもしれません。しかし、軽症であってもすでに喘息になっているとすれば、それは喘息の増悪因子であると考えられます。私は、ストレスと喘息が関係するとすれば、後者の場合だと考えております。
ここで、ある方がすでに喘息になっているかどうかの判断は非常に難しいのです。これは例えば、まったく喘息でなかった方が喘息を発症するまでの長い過程で、ピークフロー値を毎日記録していないとわからないことです。実際にそんな実験はできるわけがありませんが、そういう方が果たしてストレスだけを受けて喘息が発症する(気道炎症が起こりピークフロー値が下がるようになる)とは私は思えないのです。何らかの喘息になる他の要因があってかすかではありますが、喘息になりそれが長い間見えかくれしている。そのような状態の中で、ストレスや風邪や気候の変化などが微妙な影響を与えながら、喘息として発症して行くのではないかと考えております。ただしすべて憶測です。
私がこう考えるようになったのは、「寄稿集」の(02)と(03)の方を経験したからです。以前は、私もストレスが喘息発作の一因だと考えていた(今でもそう考えています)のですが、ほぼ理想状態に達すると同じ様なストレスを受けても喘息発作もおこさないどころかピークフロー値も低下しないからです。すなわち、喘息がストレスの影響を受けて発作を起こすとすればそこにはすでに気道炎症が残っているからだ、と考えるようになったのです。そして、もし発作がなくピークフロー値が安定しているように見える方でも、ストレスから発作を起こすとすれば、それはまだ気道炎症のない理想状態にいるのではない、つまり、そのピークフロー値ではまだ不十分なのだと考えるようになりました。この観察があったからこそ、私は喘息領域ではまだまだ自分のやれることがある、また多くの患者さんにこのことを伝えなくてはならないと思うようになり、このホームページを始めるようになりました。ほとんどの患者さんは、気道炎症を残しながら、日常生活を送っている、また送らなければならないところに喘息治療の難しさがあるのではないでしょうか?
もう一つ、「ストレスが喘息の一因である」と言ってしまうと、恐いのは、よく内容を理解しない方が、喘息はやはり「気の病」、また子供で言えば「母原病」などと思いこんでしまうことです。「おまえがたるんでいるから喘息になるんだ!」−これは喘息を患う者にとって最大の屈辱だと思います。
「ストレスは喘息増悪の一因であって、喘息発症の直接原因ではない」が、現在の私の考えです。ただし、喘息発症にもストレスが何らかの形で関与するだろうことは私も否定しません。この考えは、もしストレスが喘息発症の原因になることが、科学的に証明されそれが納得できれば、私はすぐ撤回します。