(14)ジョギング後にピークフロー値が高くなるのですが…。

【002】40歳男性(配達自営業)から

<質問>
先日、ピークフロー値670を出しました。このごろはピークフロー値が500から570くらいであまりよくなかったのに、その日だけ突然よくなったのです。

それはそれでいいのですが、この670を吹いたときは何となく息苦しく感じていました。発作の時の息苦しいというのとはちょっと違って、胸の中に空気がいっぱい入りすぎていて肺が膨らんでいるといった感じです。喘息のひどいときにもそのようになりますが、それとはどこか違うような、しかしそうとしか説明できないような感じなのです。これは私の錯覚か何かでしょうか。でも以前にピークフロー値が良かったときも同じような息苦しさがありましたので、錯覚ではないと思います。これは医学的に説明のつくことなのでしょうか。

ただ、この原因についていろいろ考えてみました。いずれのときも帰宅直後だったことことから、もしかするとと考えついたことがあります。

仕事中で調子のよいとき、私はなるべく走るようにしています。走らなくてもいいときにも努めて走っています。体を鍛えるためです。ですから仕事を終えたときは、軽くジョギングをしてきたときの状態に似ていると思います。走れば普段より空気を多く吸います。私の気道にはまだ少し炎症があって普通の人よりは空気の通りが悪いでしょう。そのため、吸い込んだ空気が少しずつ肺にたまっていって、それで仕事を終えるころには膨満感を感じるようになるのではないでしょうか。しかし喘息の調子はよいので、ピークフローを吹けばいい値が出ると、そんなふうには考えられませんか?

<応答>
ピークフロー値がいい値で、しかも帰宅後(運動中でない)の息苦しさですから、ひどい気道狭窄からくるものではないと思います。もし、次に同じ様なことが起こったらベロテックを1度吸ってみてください。何も変化がなければ過度の気道炎症に由来するものではないと考えられます。

肺に入った空気が出てこないで溜まることを医学的には“チェックバルブ(一方向弁)機構”と呼びます。自転車タイヤの空気を入れると入った空気が出てこなくなるのと同じです。ひどい気道炎症を伴う喘息の時や気管支にポリープのようなものがあっても起きますが、大概ピークフロー値は落ちてしまいます。これは、やはり今回のあなたには当てはまらないと思います。

やはり、何らかの原因で肺が過膨張になっているのだと思います。そしてその溜まった空気を持ち前の強い筋力で押し出し、いいピークフロー値を出したことに間違いはないでしょう。

この現象は、おそらくジョギングと関係していると考えられます。医学的には、“軽度でも不均一に気道狭窄が残っていると早い呼吸をすると苦しくなるという現象”は存在しているのです。これは、非常に専門的で難解です。もっと難しく言いますと“動肺コンプライアンスの周波数依存性”といいます。恐らくめまいがするような医学用語でしょう。でも、これであなたの息苦しさを説明できるかもしれません。

これは、簡単に言えば、“軽度でも気道狭窄が残っていると安静時には何とないが早い呼吸をすると肺が硬くなり苦しくなる”ということです。ただ、ひどい気道炎症があるときに少しからだを動かしただけで息切れを感じるのとは意味が違います。これは、まさにあなたのように軽度の気道炎症が不均等に混在している方が、早い呼吸をしたときにのみ認められる呼吸困難感なのです。

この現象は、実は吸入ステロイドをゆっくり吸わなければいけない理論と同じです。大小の太さの違う気道があると、早い吸入をすると太い気道にばかり薬剤が到達することはあなたからの他の質問で述べました(→「(10)吸入ステロイドは何故ゆっくり吸わなくてはならないのですか?」)。

同じような条件の時、早い呼吸を何度も繰り返しますと、気道の開いた肺にばかり空気が入り込み過膨張になってしまうのです。ゆっくり呼吸をしますと、気道の太さは違っていても、2つの肺胞に50%づつ空気が入り同じように膨らみます。しかし、早い呼吸では、同じ100%の空気を吸っても細い気道の方に10%、太い方に90%の空気が入り込み、太い方は過膨張になってしまうのです。そのようなとき、同じ量の空気を吸おうとしても、思ったより過膨張側の肺はもう膨らんでくれませんので、肺が硬く感じ、より吸気努力を必要とするようになり、しかも酸素はさほど体内に入りませんから、苦しく感じるわけです。

その膨らんだ方の気道は元々狭窄がありませんから、ピークフロー値は良い値が出るのでしょう。

もしかしたら、運動療法で体を鍛えるといいピークフロー値が出る理由のひとつは、呼吸筋力が鍛えられる他に、この理由もあるかもしれません。

しかし、はっきり言えることがあります。それは、このような現象があるときは気道炎症が残存しているということです。気道炎症がすっかりなくなり、どの気道も開いてしまえば、このような現象は起きないからです。

もっと完全に気道炎症を除去しようと思えば、仕事中にジョギングをして身体を鍛えるのはしばらくは控えた方がいいかもしれません(急がなければならない理由があれば別ですが…)。私は、喘息治療中に体を鍛えるのには反対の立場なのです。それは、治療の妨げになることもそうですが、喘息の方は体力がないとは考えていないからです。同じような動きをしてもすぐ息が切れて疲れてしまうように見えるのは単に気道が細くなっているからであって、決して手足の筋肉が弱いからだとは思っていません。長期間の闘病生活で動けなくて筋肉が弱ることは考えられるかもしれませんが、だとすればそれはすっかり良くなってからにすればいいことです。それまで待ちきれずに体を動かしたくなるとすれば、そこは我慢しなくてはなりません。我慢できなければ、気道炎症を完全に取るという目標も少し先になると考えた方がいいかもしれません。以前にも述べましたが、「症例紹介(2)」で紹介した49歳男性が、短期間にうまく気道炎症が取れたのは、その“何もしない”努力を忠実に守れたからなのかもしれないと私は分析しています。彼は休み中の庭いじりさえしなかったと言います。

ただ、ひとつ誤解しないで頂きたいのは、ジョギングをしてはいけないと言っているのではないことです。あなたの今の状態は、発作もなく動ける状態にあることは間違いありません。ジョギングをしても発作が起きない準理想状態です。普通の方ならそこまで到達すればもう十分なのです。ただ、今回の息苦しさ現象で分かりましたように、あなたの気道炎症はところどころまだ残っています。しかもその炎症は必ずステロイドで取り除くことができます。それをある一定期間で完全に除去し真の理想状態に達しようとすれば、相当な“何もしない”努力が必要なのです。年末年始に、またステロイドで再チャレンジができるのでしたら、是非この点を気をつけてみるといいと思います。

もうひとつ、何故私がこの理想状態にこだわるかと申しますと、是非少ない吸入ステロイドでも正しく作用するような気道になってほしいからです。一度この理想状態に達しても、何もしなければまた炎症は起きるかもしれません。しかし、いったんほぼすべての気道が開きますと、吸入ステロイドは最低限で済むようになるからです。最低限の薬剤でいい状態でいられるようになるからです。そうなればジョギングでも何でもおおいにやって下さい。

まさに高い理想ですね。気道炎症完全除去を目指して頑張って下さい。