(9)吸入ステロイドでは“リバウンド現象”は起きないのですか?

【013】喘息の28歳女性を彼女に持つ男性から

<質問>
アトピー性皮膚炎の場合ステロイドを急に使わなくなったときにいわゆる“リバウンド”という現象があると聞きました。なぜ吸入ステロイドではこのような激しい反動は見られないのでしょうか?やはり副腎の機能がどのくらい維持されるかによるのでしょうか?吸入ステロイドを中止すると数ヶ月で炎症が再燃する、ときにその発作は吸入療法を始める以前より大きな発作になる場合があるというのは、このリバウンド現象と同じものの、より穏やかな現れかたなのでしょうか?。

<応答>
大変難しい質問ですが、薬を急に中止したときにおこるいわゆる“リバウンド現象”は、この場合2つの意味に分けて考える必要があります。一つは、喘息やアトピー性皮膚炎などの病気自体の悪化、もう一つは、副腎皮質機能(内因性にステロイドホルモンを作る働き)の悪化です。

まず後者の方ですが、全身性ステロイドを大量(プレドニンで30 mg/日程度)に長期間(1ヶ月以上)使用すると、副腎皮質機能は抑制されてきます(→「知識(4):全身性ステロイドはなぜ急にやめてはいけないのか?」参照)。この場合、病気が良くなったからと急に内服を止めると、内因性にステロイドホルモンを作る働きが回復してくるまでにある程度時間がかかるために、元々内因性ステロイドホルモンの働きであったストレスに対する抵抗性が減弱することによって、色々な弊害が起きてくるのです。例えば風邪をひきやすいとか血圧が下がるなどです。

この場合、短期的に原病である喘息やアトピー性皮膚炎自体はある程度おさまっているわけですから、よほど無理をするとか大量の抗原に再暴露されるとか悪条件が重ならない限り、全身性ステロイドを急に中止したからといって原病が悪化することは希です。

我々が、副腎皮質機能抑制が起きた場合に、急に内服ステロイドを止めずに少しずつ減らす理由は、抑制された副腎皮質機能を回復させる意味の方がメインであって、原病に対してステロイドを効かせておく意味はむしろ少ないのです。ましてや、喘息では、吸入ステロイドがあるわけですから、副腎皮質機能さえ正常ならば、すぱっと内服ステロイドを止めても構わないのです(しかし、通常は副腎皮質機能が抑制されているか調べないときには念のため1日5mg程度で維持するようにします)。

次に原病に対してステロイドのリバウンドが何故起きないか?すなわち喘息では吸入ステロイドを急に中止しても何故喘息は悪化しないのか?ですが、これは、正確な理由はまだ良くわかっていないと思います。

ただ、この場合注意しなければならないのは、吸入ステロイドでどこまで気道炎症が取れているか、という点です。すなわち、吸入ステロイドでも不完全にしか気道炎症が取れていないと、吸入ステロイドを急に止めた場合、ちょっと風邪をひいたりして発作を起こしてしまうことが良くあります。これを吸入ステロイドのリバウンド現象だと捉えてしまうことがよくあります。しかし、これは単に原病が不完全なわけですから間違いです。

少し横道にそれますが、これは短期的(2週間以内)に内服ステロイドを投与した場合でも同じようなことが起きます。つまり、一定期間内服ステロイドを投与しても、十分な安静保持ができなかったりすれば、気道炎症は残っているわけですから、中止しても、発作を起こしたり風邪をひいたりしやすく、このことが内服ステロイドのリバウンドであると考えられることがあるのです。しかしこれも正しくありません。

症例紹介(2)」の48歳男性もそのような体験をされています。喘息の悪い状態から、内服ステロイドを一定期間続けて良くなったと思って、投与を止め退院すると、すぐ風邪をひいてしまう。そして、ステロイドで抵抗が弱まったから風邪を引いたんだ、またステロイドが切れたから発作が起きたんだと、すべてステロイドのリバウンドで説明されていたのです。

この方の場合は、吸入ステロイドを継続していたのですが、吸入方法が悪かったために、全身性ステロイドから吸入ステロイドへのバトンタッチができなかったのです。また、ピークフローメーターも記録していなかったので、どの程度気道炎症が取れたかがわからなかったのです。気道炎症が不完全に残っていると、それだけで風邪を引きやすくなります。

しかし、私への相談メールを頂いて以降、ピークフローメーターを記録し、一定期間の全身性ステロイドでピークフロー値が600以上に上昇するくらいまで気道炎症が取れるようになってみると、急に内服ステロイドを中止しても、風邪さえ引かないし、喘息さえ悪化しなかったのです。もちろん、今度は吸入方法を見直していますので全身性ステロイドから吸入ステロイドへのバトンタッチがでうまくできたことは大きく影響しています。

従って、ほぼ完全に気道炎症が取れた状態では、急に吸入ステロイドを中止しても発作が起こらない(リバウンドが起きない)のは、気道炎症が再燃してくるのに時間がかかるからであると考えられます。これは、喘息が、発作という急激な症状で発症するように見えますが、実は何年にも及ぶ気道炎症の悪化が潜行しているのに似ています。

ただし、この答えでは、吸入ステロイドを長く使っても何故喘息に対して効かなくなることはないのか?の答えになっていないことは認めます。しかしこれは、解明されていない吸入ステロイドの謎と言ってもよく、私も今はお答えできません。何か情報があったら、またお知らせします。

余談ですが、実験的にある抗原に感作されたモルモットにその抗原を1回吸入させると、即時的(分単位)の気道収縮(臨床的には発作)遅発型(日単位)のなだらかな気道炎症が起こるとされています。これに対しステロイドは、前者には効かず後者のみを抑えてくれます。これが、ステロイドが気道炎症に良く効くといわれるゆえんです。

喘息の発作時には全身性ステロイドがよく使われていますが、この考え方からするとステロイド自体には発作を止める作用はないことになります。では、何故効くのかに対しては推測の域を出ていないのです。喘息発作による急性の気道の浮腫を除去するとか、β刺激剤の効きを良くするとか、で説明されています。

喘息の発作アトピー性皮膚炎の痒みを同じ症状と捕らえると、アレルギーという側面では両者はよく似ている病気ですが、その後の炎症という点では異なる病態と捕らえた方が良いのかもしれませんね。喘息でもこの炎症の考え方がなかった頃は、ステロイド長期使用が随分問題になりました。アトピー性皮膚炎とステロイドが今も問題になっているのは、こうしたことが背景にあるのかもしれません。今後の研究の成果を待ちたいと思います。