(1)27歳、男性(木工所勤務)
調子がよいので喘息薬を止め、しばらく来院してなかったらまた発作が起きてしまった。
彼は高校生の時から、発作時にはお姉さんのベロテックを借用していたという既往があります。しかし、とうとうそのベロテックも効かなくなり来院しました。
私が診るようになってから、それまでの内服薬に加えて、アルデシンという吸入ステロイドを始めるようになり、発作回数が減り、その結果ベロテック使用回数もぐーんと減りました。
外来に来るといつものように、
「調子は悪くないです」
と言ってしばらく安定していたと思われていたのですが、次第に薬だけの外来が多くなり、調子が良いと言っている割には、ベロテックの処方本数も全然減りませんでした。時には
「ベロテックだけお願いします」
と言うこともありました。
そのうちに、彼は外来を受診しなくなっていました。彼は、喘息が治ったと思い、自己判断で内服薬を全部中止していたのでした(下図)。
来院しなくなって約1年が経過する頃から、私の外来日以外に病院を受診し、ベロテックのみの処方を受けてるようになっていたことを後で知りました。
残念ながら、喘息は治ったと思っても薬剤、特に吸入ステロイドを中止すると、次第に気道炎症が再燃し、風邪などを契機に大きな発作を起こしてしまうのです。特に彼は、ピークフローをつけていませんでしたから、どのように喘息が悪化していったかなど知る由もなかったわけです(下図)。
案の定、ベロテックで抑えられないほどの発作を起こし、夜間救急外来を受診し点滴などの処置を受け、当直の先生から、私の外来を必ず受けるように指示されて、約1年ぶりに私の外来を受診しました。
「せっかくあんなに良くなったのに…。また最初からやり直しだね」
私の言葉は溜息まじりでした。
彼のような喘息患者さんは非常に多いと思います。良くなった患者さんばかり紹介していますが、このような方もあえて紹介することにしました。
彼から学ぶべきことは、
<1>喘息は治ったと思って薬剤を中止すると気道炎症は必ずと言って良いほど再燃しいつかは発作を起こしてしまう。この意味でよく「喘息は一生治らない」と言われているのです。
<2>ある程度喘息が良くなると吸入ステロイドを中止してもある期間は気道炎症は再燃してこない。吸入ステロイドを中止しても約3カ月はその影響が残ると言われています。症例紹介の(5)で紹介するように、ピークフローを記録していると次第にピークフロー値が低下し気道炎症が再燃して行く様子がよくわかります。逆にピークフロー値をつけていないと、その様子がわからないので、風邪を引いて突然発作を起こしたと思うことが多いのです。このことは、逆にしばらく吸入ステロイドを中止していてもピークフローさえつけていれば、発作が起きる前に気道炎症の再燃から来るピークフロー値の低下を未然に察知し、吸入ステロイドを一定期間吸入すれば、気道炎症は除かれピークフロー値が回復するのです(→吸入ステロイドのオン・デマンド療法、寄稿(9)の患者さん参照)。発作が起きる遥か以前から吸入ステロイドを行えば、薬剤はまだ患部に到達しますので、気道炎症の再燃をよく抑えてくれるのです。
<3>吸入ステロイドで症状が安定したら内服薬を減量すべきである。彼が一時良い状態になったとき、なすべきことは気管支拡張剤などの内服薬を減らす努力をするべきであったのです。もちろんピークフローをつけて。喘息治療は良くなったら、そこで満足せず、次々と高い目標を設定して行くべきです。常に高い目標を設定して行くと、いつのまにか「発作」という状態からほど遠いところに自分がいることに気付きます。それがすなわち最大の喘息予防法になるのです。また、国民医療費が膨大化して深刻な局面を迎えている今、「薬さえ飲んでいればいい」とか「自分だけ努力しても仕方がない」などと考えず、医療従事者も患者さんも不必要な検査や薬剤を減らす努力をして行かなければならないと思います。
その彼ですが、最近また病院にきていないのです。こちらから連絡するわけにもいきませんし…。無事でいることを祈りたいと思います。