(2)23歳、女性(事務職)

結婚予定だが、喘息の状態も悪く内服している薬も妊娠に対して心配。


この方は「質問と応答コーナー」で27歳女性(主婦)の方から妊娠・出産に関する質問の応答の中で一部紹介している方です。

彼女も、これまで入院を含め、たびたび喘息発作でひどい目にあってきたました。何度も発作で救急外来を受診していますし、また吸入ステロイドをはじめたくさんの薬剤を内服してきたのです。

今年(平成9年)の正月あたりは、生活も不規則なためもあってあまりいい状態ではなく、彼女も結婚や妊娠に不安を抱いていました。週末に結納を控えた2月ごろ、彼女の状態は最悪でした。結納時は着物を着るので呼吸が多少抑制されることも予想されました。

私は彼女に、「喘息は私がいくらでも治してあげる。ただ、今後は将来の旦那さんや子どものためにも、自分の体のことを一番に考えて治療に専念しなければならないよと言い聞かせました。

私が彼女に勧めたのはまずピークフローメーターを毎日つけることした。以前新しい喘息薬の治験でピークフローをつけたことはありましたが、その後はまったくつけていませんでした。以前は600近く吹けた彼女でしたが、その時は300から400の間と不十分であったので、仕事を1週間仕事を休んでもらって、メドロールというステロイドを1日6錠1週間内服してもらいました(下図)

この療法で、ピークフロー値は550から600くらいまで上昇する事に成功しました。私がピークフロー値を上昇させたかった大きな理由は、もちろんいい状態に導くことが大きな理由でしたが、さらにはその状態に導くことで、ピークフロー値が下がらないことを目安に内服薬を一切中止し、安心して妊娠できるように導いてあげたかったからです。場合によっては、ピークフロー値が一定値を保てれば吸入ステロイドさえも中止しようと考えています。現在、吸入ステロイドは行っていますが、内服薬が4種類からメドロール1錠のみ1種類まで減ってきています。結婚ももう少し先で妊娠はもっと先ですから、ゆっくり時間をかけてメドロールを減らして、吸入ステロイドをも中止できればと考えています。

喘息の薬剤を減量するときに大切な点が2つあると思います。1つめはピークフローメーターをつけること、2つめは一度いい状態に持ってゆくことです。ピークフローメーターをつけず症状のみを目安にした薬剤の減量は非常に危険です。逆にピークフロー値がある一定以上を保っていれば、ある程度のことは保証されます。薬剤減量に関しては、この寄稿集の(9)の患者さんを参考にして下さい。

薬剤減量中、彼女は風邪を引いたことが2度ありました。1回目は、発作ではありませんでしたが、ピークフロー値が450まで低下しました。ここで、彼女は私の指示通り、安静を保ち風邪薬を服用するとともにメドロールを増量し、すぐにピークフロー値を550まで改善させました。これは非常に大切なことを教えてくれています。

まず、これは発作ではありませんので、ピークフローを記録していなければ自覚的には何ともないのです。(ただし全力で走ったりすることはできません)このいわゆる“イエローゾーン”状態を放置しておくと、そのうち発作が起きてしまうのです。私はピークフロー値が安定している患者さんが最も注意しなければならなことは、このイエローゾーンからのいち早い脱却であると思います。とにかくこのことに全力を注ぐことです。そうすれば発作などまず起きません。

次に、何故全身性ステロイドを増量したのでしょうか? 普通薬剤減量中に症状が悪化したら、すぐに気管支拡張剤など内服薬をもとに戻すべきだと考えるはずです。その理由は、このピークフローの低下が発作ではなく風邪による気道炎症の悪化であったからです。このイエローゾーン状態を通り越して発作が起きてしまったのであれば、気管支拡張剤はまたしばらく内服しなければなりません。しかし、風邪によって気道炎症が悪化したのですから、風邪薬を服用し気道炎症を除去するために全身性ステロイドを内服したのです。吸入ステロイドの回数を増やすのも一策ですが、炎症で気道が細くなっているときは効果が弱く回復までに時間がかかります。吸入ステロイドは、気道炎症を除去する目的よりも気道炎症の再燃を抑える、いわゆる予防に最大の効果を発揮するのです。

喘息で発作を頻発し調子が悪いときに病院を初めて受診すれば、当然のように気管支拡張剤の内服薬が処方されます。実際この薬剤は睡眠時の発作や咳を鎮めてくれるので非常に頼りになります。しかし、全身性あるいは吸入のステロイドで積極的に気道炎症を除去し、発作が起きなくなると、ほとんどの場合気管支拡張剤は不要になりますので、中止しても何も起きません。医療費抑制のためにも不必要な薬剤は使うべきではないと思います。

この方の場合も、私が「メプチンミニやテオドールを止めても大丈夫ですよと言うと、「ずっと飲んできた薬だからとても不安だけれど、今日から止めてみますと言っていました。心情的には良くわかります。しかし実際何も起きませんでした。ピークフロー値がある一定値以上吹けていれば、まったく何も起きないのです。

明らかに治療ステップは次の目標に移ってきているのがおわかりになるかと思います。それは、完全な気道炎症の除去とその維持です。そしてピークフローは気道炎症をモニターするために記録するのだとご理解下さい。よく発作を起こしているときにピークフローを一生懸命吹いている方がいらっしゃいますが、それは意味のないことです。発作を悪くするだけですので止めるべきです。

まだ途中段階ですが、これまでのところはピークフロー値の低下もなく順調です。妊娠想定時期まで、最悪でも吸入ステロイドのみまでに減量できれば良いと考えています。吸入ステロイドは肺にしか作用しませんから、内服の薬よりは奇形などの危険性はずっと少ないのです。また、現在彼女は勤めていますが、結婚後は専業主婦となります。専業主婦であれば、妊娠を理由にある程度体を休めることが可能なのではないでしょうか? (決して主婦が暇だと言っているのではありません。家族の協力がある程度得られれば、時間を自由に使うことができるという意味ですので、誤解なく)その意味で、今後の薬剤減量という点では有利だと思います。

彼女は、秋に結婚の予定で、その後恐らく妊娠となると思うので、うまく行きましたら、是非彼女からも寄稿を頂きたいと思いますので、皆さんもご期待ください。

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驚異のピークフロー値640!(平成10年8月18日)

先日、彼女はアセスで640という値を記録しました。機種の差はあれど私の知る限り女性では最高の値です。決して彼女は身長は大きくありません。少し小太りですがむしろ小柄な方です。また喘息の方の底知れぬ肺活力に驚かされてしまいました。

しかし、結婚後の彼女の生活は決して順調ではありませんでした。しばらく主婦業に専念していたのですが、回転寿司のパートの仕事を始めたのです。それは良かったのですが、実家の長男のお嫁さんが妊娠で里帰りすることになっていたので、次男の嫁である彼女が別居しているにも関わらず、その期間だけ舅(義理の母は他界)の世話をするために、次男ともども実家で寝泊まりする生活が始まったのです。義父、義兄、夫の男3人の世話をする生活が始ったわけです。

炊事、洗濯、掃除。その期間だけでもパートを休めば良かったのに、無理して続けているうちに、喘息は吸入ステロイドだけでは抑えられなくなり、ピークフロー値は低下し、風邪を引いてとうとう発作を起こすようになりました。妊娠に向けてせっかく中止できたテオドールなどがまた再開する羽目になりました。

私の外来で、「これは身体を休める以外に方法はない」と言うと、「絶対休めない。苦しいと私が言うと、義父が“このうちでは苦しいと言うな!”と一喝するんです」と涙を浮かべてしまうのです。夫は何も言わず黙っているのでしょうか? 夫にさえ理解してもらえないのに、義父に理解してもらうこと自体無理なのでしょうか?

しかし、その時期を乗り越えて、出産を終えた義姉が実家に帰り、2人だけの生活に戻るようになってようやく地獄の生活から脱却できたそうです。もちろんこの間何度かメドロールを服用し危機を脱出したようではありますが…。現在は、パートを続けながらでも吸入ステロイドだけで非常に良い状態を維持しているようです。

この640という値は、義父への怒りの指数かも知れませんね。

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