(4)37歳、男性(自動車関係の営業)
仕事が忙しく喘息が全然良くならなかったが、発作のための入院を契機にぐーんと喘息が良くなった。
仕事が忙しくて、喘息が全然良くならずに前途に希望を見いだせないでいる40前後の“働き盛り”の方々には、非常に参考になる症例であると思います。この方にはかねてより寄稿をお願いしていたのですが、多忙のためか筆無精のためかなかなか書いてくれませんので、このコーナーで紹介することにしました。
仕事の忙しさは人それぞれであると思いますが、この方もご多分に漏れず忙しい方です。発作による入院も3、4度あります。非常に我慢強い方ですので、ほとんどぎりぎりの状態まで我慢していますので、どの入院も瀕死の状態でした。常に喘息死の危険性を背負っているような方であると思います。
下図のピークフロー値を見てびっくりされるかもしれませんが、普段でもピークフロー値が700前後は軽く吹ける方なのです。身長180cm以上でがっしりしているので、800ぐらいは吹けて当たり前なのです。しかし、ベロテックの使用頻度と朝・夕のピークフロー値の凸凹が喘息の調子の悪さを物語っています。実際、明け方から午前中は「常に息苦しいような気がする」と訴えていた方です。我慢強い彼が苦しいというのですから、相当苦しいのでしょう。
私は、彼にかなり以前から吸入ステロイドを行ってきましたし、吸入方法も全力を注いで指導してきました。それでも良くならず、メドロール1錠もかなり古くから常用してきましたし、またメドロール増量によるピークフロー値の増加も何度も外来でトライしてきました。それなりに効果は得られたのですが、効果は短くまたピークフロー値が凸凹し息苦しい毎日を送っていました。このように、私の唱えております“メドロール増量療法”も、多忙な環境下では効果が得られないことを如実に物語ってくれている方です。そして、このように全身性ステロイドの小出しの使い方が、過去に“ステロイドを悪者”にした誤った使い方の代表なのです。
私は、彼にメドロールを絶えず常備させておきました。調子が悪くても忙しくて来院しない可能性があり、喘息死する可能性が非常に高かったからです。彼のようなぎりぎりの患者さんの場合、“死ぬくらいなら副作用の方がまだ良い”と考えていたからでもあります。もちろん何の策を講じもせずにこう考えているわけではありません。そのあいだに徹底的に喘息教育を行い、早目に入院するように何度も説得してきました。
手持ちのステロイドの使い方ですが、ステロイドは調子の悪いときは非常に良く効きますので、逆にそれが注意しなければならないことにもつながるのです。私が口を酸っぱくして彼に言ったことは、
「調子が悪ければすぐにメドロールを使って下さい。しかし、調子が良くなったからといってすぐ止めてはいけません。ピークフロー値を目安に使って下さい。ピークフロー値が目標値に達するまで長く使うことです。そして、メドロールを使ったらなるべく早いうちに病院を受診して私に報告して下さい。良くなったからといって、病院に来ないようではもうメドロールは出せません」
ということです。
私は、以前ある方から、
「先生はステロイドを使いすぎるのではないですか?」
と言われたことがあります。しかし、私はステロイドの恐さは良く知っています。ですから、使用方法を守ってくれない方には処方しない主義を貫いているつもりです。逆にきちんと使用してくれる方なら、十分な量を投与すべきであると考えています。
しかし残念ながら彼の場合、再三の入院勧告にも関わらず、いよいよ大きな発作を起こし、入院となってしまいました。入院は1カ月以上に及びました。早く入院できていれば、2週間程度で、しかもすっかり良くできたはずなのに…。しかし、これが日本社会の現状なのかもしれません。「おまえの喘息の調子があまり良くないようだから、1、2週間入院してじっくり治して来い」と言ってくれる上司や職場環境であれば、喘息で苦しむ方が大分減るはずなのですが…。まだまだ、日本社会は喘息の方には厳しいようです。と言っても、彼の場合、彼はその会社にとって重要な立場にいたらしく、上司はむしろ入院を勧めていたくらいなのですが、彼があまりにも責任感が強く、“自分がやらないで誰がやる”という性格が災いして喘息を拗らせたようでした。
彼にとって入院は不幸なことであったかもしれませんが、せっかく入院ができたので、私は彼をほぼ完全に良くしてあげようと考えました。最初の2、3週間は発作を取るために、気管支拡張剤や速効性ステロイドを投与しました。そして、発作がようやく治まった頃、メドロール1日6錠の投与を2週間行いました。通常は、発作が治まった時点で退院となりますが、それでは元の木阿弥なので「もう退院したい」と言った彼を説得し、もう2週間入院をのばしました。
結果は経過図に示すごとくであります。ピークフロー値の凸凹がなくなり、750から800近くでピークフロー値が安定してきたのが良くわかると思います。朝と夕のピークフロー値のギャップがなくなることは非常によい状態とされています。いくら夕方の値が良くても朝方の値が低ければ、決して喘息の状態は良いとは言えません。メドロールを2週間も投与できたことも良くなった一因ですが、入院し安静を保持できたことが、これまで多忙の中、外来で同じ量のメドロールを投与しても得られなかった“気道炎症の取れた状態”に達することができたのです。
入院でピークフロー値が安定しすっかり良くなった彼は、退院後徐々に体力を回復させながら、仕事をはじめました。その後は、もうメドロールを増量するようなピークフロー値の低下は起きなくなりました。その大きな理由は、これまで行っていた吸入ステロイドが入院安静と全身性ステロイド十分広がった気道粘膜に効果を発揮しはじめたからであると考えています。
彼から学ばせていただいたことは、以下に要約できるかと思います。
<1>気道が極端に細くなっている状態では、吸入ステロイドをいくら行っても十分な効果は得られないこと。このことは、「吸入ステロイドをきちんと行っているのに、全然喘息が良くならない」と言って止めてしまう方をよく見かけますが、それは薬剤が効かない喘息になったと考えるのは誤りであること、そういう無駄な操作を繰り返すよりは早目に全身性ステロイドを一定期間使用して、気道を広げ吸入ステロイドを効かせるようにした方がよいこと、なども教えてくれています。
<2>全身性ステロイドを大量に使用しても、多忙な状態が続けば十分な効果は得られないこと。しかし、同じ治療方法でも一定期間安静を保持することができれば、十分効果をあげることができること。従って、<1>と<2>から喘息は“治療方法のない難治性疾患”ではなく、一定期間に十分な治療がなされれば克服しうるという点で、ほとんどはその機会が得られないことから“社会的難治性疾患”と呼んでよいこと、も教えられます。
<3>気道が十分広がり吸入ステロイドが効果を発揮すれば、その後は多少無理をしても喘息は悪化しないこと。吸入ステロイドは、気道炎症の再燃を防止する時に最も効果を発揮するのです。
吸入ステロイドでも効かない、全身性ステロイドでも効かない、だから自分の喘息は難治性だと決め込んでいるあなた、もう一度あなたの喘息や仕事環境などを見直して見ませんか?