5. 喘息発症のメカニズム(その2)
上皮下粘膜に滲出してきた好酸球は、単にその場に留まるのではなく、
MBP、ECP、EPOなどの細胞傷害因子を放出し、上皮を剥離させ、ロイコトリエンやPAFなどの気管支平滑筋の収縮物質を放出して発作を誘発し、またそれらが長引くことでTGFβやPDGFなどの増殖因子を放出し線維芽細胞(コラーゲンを産生する細胞で正常でも多少は存在している)を増殖させ、不可逆的なリモデリングの原因となってしまいます。
なぜアレルギー反応で好酸球が増え集まってくるのか? これは神のみぞ知ることで、これに対しては誰も答えることはできないでしょう。好酸球は、衛生状態のあまり良くなかった時代では、寄生虫を退治してくれる良い奴でした。しかし、寄生虫が激減した現代社会では、好酸球はもう役目をなさなくなったのかも知れません。アレルギーは撲滅された寄生虫の逆襲だと唱える研究者もいますが、真実は誰にもわかりません。
いずれにせよ、好酸球が気管支に集積して炎症が惹起されると、上皮細胞が剥がれ、むくみが持続し、気管支平滑筋は痙攣し、気管支粘液腺も肥大化して、いよいよ慢性化の兆候が現れてきます。
喘息で喀痰検査をすることがありますが、これは痰の中に好酸球を検出することが、喘息の診断に有用で、また慢性化の指標にもなるからです。
また、上皮細胞が剥離されると、粘膜はあらわになり、様々な外的刺激(寒冷や激しい運動など)に対して過敏になり(気道過敏性の獲得)、また粘膜は外敵に対して無防備になってしまいます(擦り傷がヒリヒリするのと同じです)。つまりウイルスや細菌などの侵入を許し、気管支の炎症はますます難治化・複雑化・遷延化してしまいます。
痰の貯留を放置することは、侵入した細菌にとっては格好の栄養源となり、ますます感染を助長してしまいます。
話しは少し戻りますが、一回抗原暴露を受けると、即時型と遅発型の反応が起こることを述べましたが、人間の実生活においては、抗原暴露は一回だけでなく、何度も繰り返されます。すると、遅発型反応の起きている時期にも新たな抗原の侵入による即時型反応が惹起され、両者が混在する状態ができあがってしまいます。即時型反応による一連の反応は、当然のことながら遅発型反応にも悪影響を与えます。
また、一度引き起こされた遅発型反応は、好酸球自体が好酸球を呼び寄せるサイトカインの自己放出に見られるように、悪循環を生みます。これらの炎症を鎮めるには、抗原からの回避は不可欠ですが、それだけでは炎症は治まらないことが容易に想像できます。要するにまず可能な限りいったん炎症を鎮めることが何よりも大切になってきます。
ここに吸入ステロイドの重要性があります。
下図は、先ほどの抗原暴露による即時型と遅発型の反応をもう一度示します。それは、この2つの反応には薬剤の効き目が微妙に関わってくるからです。まず、即時型反応は発作止めであるβ刺激剤によって抑制されますが、これは遅発型は抑制しません。また、ステロイドは即時型反応には効きませんが、遅発型反応を抑制します。ステロイドは、好酸球やリンパ球などを死に至らしめ、炎症巣から撤去してくれます。
また、いわゆる初期の頃の抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤は、即時型反応を抑制します。気管支平滑筋の攣縮は直接は抑えませんが、気管支収縮を引き起こす因子を抑制しますので、一種の発作予防薬になります。
これに対し、最近の新しい抗喘息薬は遅発型炎症も抑制するように開発されています。しかし、炎症全般を抑えるステロイドがこの遅発型反応の抑制には最も有効です。
特に、全身性副作用のない吸入ステロイドが最もこの炎症の鎮静化に有効であることは、このホームページで何度も述べられています。
好酸球やリンパ球は吸入ステロイドを浴びると、死(アポトーシス)に至ります。
炎症細胞が死ぬと炎症巣から速やかに除去されます。さらに炎症が鎮静化すると、残っていた上皮細胞が再生を開始し、正常な上皮で覆われるようになります。
吸入ステロイドが出始めた当初、ステロイドはこれらの免疫細胞の機能を抑制するので、ウイルスや細菌感染に対して弱くなると考えられましたが、実際に使用してみると、風邪を引きにくくなったという方がたくさんおりました。これは、おそらく上皮が正常化することで、これらの外敵の侵入を抑制する結果なのかも知れません。
以上で、喘息発症のメカニズムを終わります。多分に想像で言っている部分と、まだまだ解明されていない部分がたくさんありますが、大きな流れは間違ってはいないと思います。今後の研究は、これらの穴を埋める形で進められ、喘息発症メカニズムの全容が明らかにされるようになるでしょう。遺伝の問題も含めて、喘息病態の全容が明らかになれば、きっと適切な治療手段が発見される日がやってくると思います。
ただし、喘息はこれらすべてが解明されなくとも、吸入ステロイドを適材適所で使用し、日常生活に気を使うことで、少なくとも発作からほど遠い快適な生活を送ることは可能です。研究成果に期待を寄せつつも今ある喘息を良くすることは大切な心構えであると思います。
(終わり)