ピークフロー値は毎日記録することが望ましいのですが、日常生活の程度からある程度自分のピークフロー値を推定することが可能です。私が、このことに気がついたのは、発作が治まって来院し、「発作がなくもう何ともない。」と言う患者さんにピークフローを吹かせてみた時でした。やはりほとんどの患者さんは基準値以下のイエロー・ゾーンであったのです。「本当に何ともないの?」と聞き返してみると、出てくること出てくること。階段が一気に上れない。全速力で走れない。朝咳が出る。喘息の患者さんなら当り前のことかもしれないですが、朝というのは午前3時頃の場合がほとんどなのです。おそらく普通の人間なら、早くて6時遅くても7時半頃をイメージするのではないでしょうか?午前3時に目が覚めるのは十分な睡眠障害ではないでしょうか?それでもこれらの症状は発作の苦しさに比べたら楽な方だと言う患者さんがほとんどなのです。 また、風邪を引きやすいし、いったん風邪を引くと長引いてしまう。普段は、何ともないが生理や低気圧が来たときに息苦しくなる。これらもすべてイエロー・ゾーンにいることを示しているので注意を要します。
これまでの喘息の程度は、主に発作の回数を基準として、発作なし、喘鳴のみ、軽症、中等症、重症と分類されています。喘鳴のみ以上は症状があるわけですから、ピークフロー値はイエロー・ゾーン以下に相当するのは当然です。しかし、問題なのは発作なしのとらえ方です。これまでの古い概念からすると、発作なしの状態は治療の目標でした。しかし、発作がなく安定している患者さんにピークフローを吹かせてみると値がばらつき安定しない、また逆にピークフロー値がいわゆるブルー・ゾーンを維持していてもすぐ発作が起きてしまうなど、臨床の指標として使えないのではないか?という問題があったのです。実際、小児アレルギー学会で出している治療ガイドラインには、今でもピークフロー値などは参考所見にとどめると記載され、その重要性はまだ認識されていないのです。このように、ピークフロー値が今一つ普及していない理由に、症状とピークフロー値が一致しないという問題点があったのです。しかしこれらは、気道炎症の新しい概念変化からすると、極めて当然のことで、これまでの発作なしの状態は、気道炎症が残存している状態であり、単に変動の激しいイエロー・ゾーン内であったことを示しているに過ぎないのです。
日常生活がさほど激しくない年輩世代の方は、無理してピークフローを記録し無理矢理完全に炎症の取れたブルー・ゾーンへ導く必要はないと思いますが、働き盛りの若い世代の方は、健康人と肩を並べるほどのよりよい社会生活を送る意味でも目標を1段高くし、積極的に気道炎症を取るべきであるというのが私の考えです。
従って、ピークフロー値がブルー・ゾーン内で安定し何の症状もないなら、その状態に満足しても一向に構いません。しかし、ブルー・ゾーン圏内にありながら、しばしば発作を繰り返すとしたら、それはゾーンの見直しを行わなくてはなりません。実際私は、ピークフロー値が平均値を維持していながら、何度も発作を起こしている患者さんを何人か経験しています。そしてそれらの方に、イエロー・ゾーンから安静を保持し全身性ステロイドを2週間ほど投与することで、ピークフロー値が平均値をはるかに超え、高いレベルで安定するようになった患者さんを何人も経験し、この寄稿集で紹介しております。不思議なことに、1度ほぼ完全に気道炎症が取れた理想状態に達すると、吸入ステロイドさえ継続していれば、多少無理をしても発作はおろか健康人以上の生活が送れるようになるのです。
喘息患者さんは、慢性に細くなった気道で呼吸をしているので、むしろ呼吸筋は強くなっている、と私は考えています。これは、2つの大切な意味があります。1つは、目標ピークフロー値の設定についてです。健康者の平均値を目標に治療したのでは、細い気道を強い呼吸筋力でカバーしているわけですから、完全に気道炎症は取れていないのではないかという点です。従って、長年喘息に苦しんできた患者さんの場合、さらに高いピークフロー値を設定して治療しなければ、完全に気道炎症が取れたとは言えないのではないかという疑問が持ち上がってきます。実際にそのような患者さんもこの寄稿集で紹介しております(「寄稿集」の(2)、(3)の患者さん)。2つめは、鍛錬療法や腹式呼吸法などが如何に非合理的かです。喘息患者さんは慢性呼吸不全によって呼吸筋力が強化されているのに、これらの療法はさらに呼吸筋力を鍛えろと要求しているようなものです。また、喘息がすっかりよくなると健康人以上のものをもたらしてくれるといったのは、このことと関連します。慢性酸素不足で、手足の筋肉は衰えていますが、喘息がすっかりよくなってから、鍛え直せば健康人より強靭な呼吸筋力がありますから、けた外れの運動能力を示す可能性さえあると思います。喘息で苦しんだ患者さんが、よくなって高校野球に出場したりオリンピックで金メダルを取ったなどと聞くことがまれにありますが、それは精神面で鍛えられたことももちろんあると思いますが、長年の闘病生活によって呼吸筋力が自然に強化されたことも大いに関係していると思います。
上図は、喘息が発作・非発作という図式から気道炎症が悪化し、全身ステロイドや吸入ステロイドによって良くなる過程を模式的に示しています。
Aは、高度な発作持続状態から離脱し、発作はないが気道炎症が残存し常に再発作の危険性のある状態です。以前の喘息治療の概念からすると、この状態は喘息発作のない理想状態と考えられ、入院していた患者さんは退院し、普通の状態に戻ってしまいますが、気道炎症が残っているので風邪を引いたりするとまた発作を起こしてしまいます。この状態では、いくら吸入ステロイドを続けても十分な効果は得られにくく、また発作がなくなったからといってこの状態からの薬剤減量は危険であると考えられます。
Bは、持続する気道炎症が安静と全身性ステロイドによって除去され、その中止後でも吸入ステロイドが気道炎症の再燃を抑えている状態です。この状態は、気道炎症に基づく発作の危険性が低いばかりでなく、労作時息切れや朝方の咳など慢性気道狭窄に由来する様々な日常生活制限も見られない理想的状態と考えられます。この状態からは、ピークフローモニター下に気管支拡張剤や他の抗喘息薬などの減量が安全に行えると考えられる。
Cは、内服薬減量に成功し、吸入ステロイドのみで気道炎症の再燃を抑制している状態です。吸入ステロイドは全身性副作用がないので、この状態を長く維持しても将来的にはなんら問題はないと考えられます。
Dは、吸入ステロイドから離脱している状態です。しかし、現代医学においては喘息の完治は望めず、気道炎症の再燃は必須と考えられます。従って、この状態の長期的維持のためには、ピークフローモニター継続は不可欠です。気道炎症再燃時には早目に吸入ステロイドを必要に応じて投与するオン・デマンド療法(モ「寄稿集」の(9)や(17)で紹介)が、喘息治療の理想的な治療目標ではないかと考えられます。
以上、気管支喘息の概念変化が治療のみでなく、これまでの喘息に関するあらゆる考え方に大きな影響を与え、もう一度考え直さなければならない時期が来ていると考えられます。これまでは、この概念変化が正しく理解されないために、喘息が故にひどい目にあった方がたくさんおられました。しかし、喘息を克服(完治ではありません)するすべが存在する今となっては、誤った認識や情報不足の理由から、被害にあう患者さんは一人も存在してはならないと強く感じます。このコーナーを読まれ、私の意見に賛同された方は、是非ご自分の言葉で、喘息で苦しんでいる方々に伝えて欲しいと思います。
(終わり)