7. NHKがごまかした「喘息薬害」
(櫻井よしこ・文芸春秋1997年9月特別号より)
「文芸春秋」の平成9年9月特別号に、櫻井よしこさんが上記タイトルで、6月2日に放映されたNHKの「クローズアップ現代・喘息死はなぜおきたか」を痛烈に批判。まだ書店に売ってます。興味のある方は是非ご一読を。(平成9年9月1日)
<1>209ページ上段。先の6月2日に放映されたNHKの番組クローズアップ現代の「ぜんそく死はなぜおきたか」は、ベロテック問題を取り上げた番組ではないのに、ベロテックが取り上げられなかったことが、あたかも櫻井さんご自身が無視されたかのごとく激怒しています。京都大学の泉教授の話は、「喘息死の増加が単にベロテックでなくβ刺激剤の過剰投与が原因であって、その防止には吸入ステロイドの普及こそ根本的解決法である」とした呼吸器専門家なら誰しもが考える当然の結論です。司会者が「β刺激剤の乱用はどうやったら防げるか?」の問いに、あたかも泉教授が吸入ステロイドへ話をそらしたかのように批判していますが、むしろ櫻井さんの方がまったく話が分かってないとしかいいようがありません。NHKさん、こんなことを言われて黙っていていいのですか?
<2>213ページ下段。前回とは別の喘息死した高校生の例が紹介されています。その死因として、主治医の先生が「心不全」と診断したことを真に受けているのは、まことに滑稽です。この診断を金科玉条のごとく扱っています。少なくともこの点を公表するなら専門家に相談するべきであったでしょう。そしてもし相談されていたら、このような事例は絶対に載せなかったでしょう。医師が死体を解剖もせずに「心不全」と診断するのは、死因が特定できない場合がほとんどであることは医療現場の常識です。その医師とて、そう診断した当時は喘息死など社会問題になっていませんから、深く考えず「心不全」と診断したに違いないでしょう。我々医師なら容易に想像できます。まして、その医師にインタビューをして不確かな情報を引き出そうとしている下りは、読むに耐えません。私が喘息死の死因調査自体が信頼できないのは、こうしたいい加減な診断が多いからに他なりません。
<3>218ページ中段。まったく腹が立つのは、「本来喘息ならば死ぬような病気ではないはずの喘息で患者がなぜ、毎年、六千人も、七千人も亡くなっていくのか」の下り。櫻井さん、あなたに喘息の何がわかるのですか?あなたが喘息になってもそれと同じ言葉が言えますか?また、そんなことを言うなら、あなたが医師になって喘息診療をやってみればいい。ちょっとばかりの取材で、喘息のことがわかったような口をきくな!と言いたいです。この表現は喘息患者さんや喘息医療に関わる医療従事者への侮辱以外の何物でもないと思います。また、喘息死をベロテック乱用による心臓死と決めつけている点で非常に危険です。ベロテックがなくなればそれで済むほど簡単な問題ではないのです。
<4>213ページ中段。同じような表現箇所が他にもあります。「私自身、これまでに取材した患者のだれひとりとして、医師から、使用方法について詳しく説明を受けたという人物はいなかった。」一体、何人の患者さんにインタビューした結果なのでしょうか?このような報道の仕方をするとしたら、私自身櫻井さんが今後何を言っても信用しないでしょう。
<5>218ページ上段。これは決定打です。このベロテック問題は、昨年暮れに発表された喘息死調査委員会の報告が引き金になりました。そして、その調査結果をまとめた先生ご自身が、「あの調査は、喘息死の死因について、ニュージーランドのようにはっきりと調査したものではないのです」、「あの調査をもとにして、きちっと取り組み警告をだす程の自信がなかったということです」、さらに「第三者の批判に耐えると言いますか、客観性がすごく高い形でのデータは、情けないことにないのです」と述べています。櫻井さんはなぜこのコメントを載せたのでしょうか?恐らく「先生方もっと頑張って下さい。あなた方がやらなければ、誰がやるのですか?」と叱咤激励する意味があったのでしょうか?
このコメントが本当であるなら、そのようないい加減な調査結果を公表した喘息死調査委員会のメンバーの方を実にふがいなく思います。問題提起にしたいと考え公表したのならわかります。しかしそうであれば、その旨しっかりコメントすべきであったと思います。問題があまりに大きくなって後込みしたのではないでしょうか?
私は以前、この点に関し、「特集・ベロテック問題」の「(1)ベロテック販売中止要請に関する反対意見書 (平成9年6月12日)」の中で、すでに「この度の小児アレルギー学会喘息死調査委員会の報告にしても、多くの専門家のコンセンサスを得ているわけではないと思います 」と述べ、このデータをそのまま鵜呑みにして報道が過熱することの非を指摘しています。まさに、私の指摘は正しかったと言えます。
現実に、この発表がきっかけとなってこのベロテック問題が、櫻井さんをはじめマスコミで取り上げることになった訳ですが、最後に今回の調査委員会の先生方の発言の引用が如何に櫻井さん自身の墓穴を掘っているか、文芸春秋6月号の「喘息患者が次々に死んでゆく」の中で櫻井さん自身が引用された下りを紹介して私からのコメントを終わりたいと思います。
さて、日本ではベロテックが喘息死の原因となるかもしれないという“疑惑”については、すでに都立荏原病院小児科の松井猛彦医長がその論文で明確に指摘している。松井氏は日本小児アレルギー学会・喘息死委員会の委員長である。
『小児科診療・1996年・第59巻3号』に掲載された論文で、松井氏は、日本小児アレルギー学会・喘息死委員会に登録された1990年から93年までの喘息死31ケースについて分析している。死亡前1ヶ月にMDIを使用していた31人の患者のうち、51.6パーセントがベロテックを使っていたのだ。
「死亡例のMDI商品別使用状況が問題となるが、死亡前1ヶ月の商品別使用状況は31例中ベロテック51.6%…、(同時期に)市販された商品別の割合と比べてみると…ベロテック18.3%…ベロテック(Fenoterol)使用例が市販状況に比べても多かった」
この事例に限っていえば、全体で18パーセント強の人しか使用していないベロテックを、死亡患者の51パーセントが使用していたと松井論文は分析したのだ。
3月21日の厚生省研究班の数字では、MDIの過剰使用が原因とみられる患者11人中7人がベロテックを使用していた。率にして63パーセントだとはすでに述べた。2つの数字を同列に並べて論ずるのには、無理があるかもしれない。
だが、この2つは喘息死委員会の委員長と厚生省研究班の公表した数字である。信頼すべき“権威”による数字だけに、公表に際しては慎重な吟味がなされたと考えるのが妥当であろう。少なくともそこから読み取れるのは、ベロテックは本当に安全なのかという疑問である。