4. ぜんそく死はなぜおきたか?
(6月2日NHK放送・クローズアップ現代より)

平成9年6月2日午後9時半からNHKのクローズアップ現代にて“ぜんそく死はなぜおきたか?”の特集が放送されました。民放系で折からベロテック乱用と喘息死の関係を論ずる報道がなされているさなか、NHKなりの冷静な論説を打ち出した印象を受けました。民放系では、ベロテック乱用を“厚生省バッシング”に結びつけようとする意図が明らかに認められ、「なぜベロテックが乱用される状況に陥ったのか?」また「どのような対策を講じるのが最善か?」など本質的な問題に目が向けられていなかったように思いました。しかし、このクローズアップ現代はそれらの点について見事に答えを出していたように思います。

ゲストの京都大学の泉孝英教授は、以前より日本における吸入ステロイド導入の遅れを指摘されてきた方で、その遅れが日本に独特な“抗喘息薬”と呼ばれる一連の高価な薬剤が普及した原因で、それが少なくとも呼吸器分野における医療費膨張の一つの原因であったと述べております。ベコタイドやアルデシンなどの吸入ステロイドは、喘息治療にとって副作用が無く効果抜群のまさに夢のような薬剤であることは、この寄稿集で何度も述べております。吸入ステロイドの普及こそ“ベロテック乱用による喘息死増加”を解決する唯一の方法であると考えられます。呼吸器内科領域においては、この吸入ステロイドの効果に疑問を投げかける医師はほとんどと言ってよいほどなくなりましたが、呼吸器専門でない一部の内科の先生や多くの小児科の先生には、この薬剤が“薬価の安い薬剤”であることや“ステロイド”と名がつくという理由で、発売から10年以上経つ現在でも広く行き渡っているとは言えない状況にあります。

泉教授も述べておられましたが、ベロテックなどの気管支拡張剤が乱用される背景には、発作の元にある“気道の慢性炎症”が一向に改善されていない状況があるのです。最近は、喘息発作はこの“持続する慢性気道炎症に基づく過敏反応”と捕らえられておりますが、裏を返せば、喘息は“発作がなくても慢性気道炎症は持続している”と言えます。よく外来で「発作がなく落ちついております」という患者さんの声を聞きますが、これはたまたま発作がおきてないということであって、いつ発作がおきるかもしれないという状態にあるのです。この慢性気道炎症を鎮めてくれる強力にして副作用の少ない薬剤が吸入ステロイドなのです。吸入ステロイドの利点は、気道という局所にのみ作用する点、全身に吸収されても肝臓ですぐ分解されるため常用量では全身副作用がほとんどない点、であります。我々呼吸器内科医は、吸入ステロイドは全身性ステロイドとは異なるものだと認識しております。

さらに、吸入ステロイドの最大の利点は、単に発作がなくなるのみでなく、気道炎症が解除され慢性の気道閉塞状態がなくなることで、生活の質が改善され体力や人生に対して自信がもてるようになる点だと思います。実際、発作がなく安定しているという患者さんにピークフローメーターという簡易肺活量測定をしてみますと、基準値の半分にも満たない場合がほとんどなのです。こうした患者さんによく話を聞いてみると、夜咳が出る、2階まで一気に上れない、走ると息が切れる、風邪を引きやすい、など必ずと言ってよいほど隠れた日常生活を制限する症状があるのです。吸入ステロイドは、毎日吸入することでまさにこれら日常生活制限を取り払い、健康人と何ら変わりない生活が送れるようにしてくれるのです。これは、長期間服用すると副作用のでる全身性ステロイドでは得ることができない治療効果なのです。

小児科領域の先生方には、吸入ステロイドが“ステロイド”であるという理由で小児への適応に慎重な先生方がまだたくさんおられます。私自身、症例は少ないですが、何人かの喘息児に使用してみて、副作用がないのはもちろん、発作減少や生活の質の改善などよい面ばかりしか現れてきません。私も小学生の子どもをもつ親の一人ですが、もし自分の子が喘息になったら他の薬剤よりもまず第1に吸入ステロイドを始めるつもりです。それは、喘息が故に数々の生活制限に陥ったり劣等感を持ったりさせたくはないからです。実際小児喘息児の何割かは、大人になっても、優秀なのに高校に進学できなかったり、就職できなかったり、会社を首になったり、恋人もできなかったり、結婚できなかったり、子供を生めなかったり、様々な被害を受けている方がたくさんいるのです。

もうひとつ、吸入ステロイドに理解を示して欲しい理由の一つに今回のような喘息死の増加があります。今回の小児アレルギー学会喘息死委員会の報告では、喘息死の増加を取り上げベロテック乱用にメスを入れる内容ですが、それに対して委員会はいったい何の対策を講じているのでしょうか?ベロテック乱用を問題にするなら、吸入ステロイドをもっと普及させるべきです。民放系では、ニュージーランドでベロテック使用制限によって喘息死が激減したような報道がなされていますが、私は時を同じくして吸入ステロイドが普及していったこともその要因と考えられると思います。ベロテックを使用制限するだけの対策は、世論に対する単なる“保身”以外の何でありましょうか?喘息の苦しさは我慢できないのです。喘息は初期治療が非常に重要であると思います。患者教育を含めて早期に吸入ステロイドを含めた的確な治療を導入することが喘息死減少の大きな鍵であると思います。

最後に、今回のNHKのクローズアップ現代の特集で、ゲストに京都大学の泉教授をお迎えしたことは非常に高く評価いたします。しかし、医学界ではよくあることですが、もし吸入ステロイドに批判的な他の教授をゲストに迎えていれば、内容が全く反対になった可能性があります。できれば、別の機会にでも反対派の先生方をお呼びして吸入ステロイドについて有意義な討論番組を企画していただければと思いました。