9. 読売新聞の記事
薬害オンブズパースンの動きがなく、もう手を引いたかと思われていた昨今、10月11日と12日付の読売新聞の「家庭とくらし」の中で、またベロテック関連記事が掲載されていました。特に新しい内容の変化はないようですが、厚生省のコメントが一言載っていましたので全文を紹介することにしました。
(読売新聞・平成9年10月11日)
「癒しのファイル:薬害は防げるか<1>」
◆ぜんそく治療薬(上):発作時の「β刺激薬」過剰使用で死亡例も
「この薬は、ぜんそく死に関係があるかもしれない。」千葉県流山市にある東葛病院の中村浩・呼吸器科医長は今年3月、ぜんそく治療薬のフェノテロールを患者に処方するのをやめ、別の薬剤に切り替えた。厚生省が5月、この薬について緊急安全性情報(ドクターレター)を出して医療機関に注意を呼びかける2ヵ月前のことだ。
フェノテロールは、ぜんそくの発作が起きた時に使うスプレー式の吸入剤。狭くなった気管支を広げ、呼吸を薬にする作用がある。気管支にある交感神経のβ(ベータ)受容体に作用することから、β刺激薬と呼ばれる薬の1つ。
日本では毎年約6,000人もの患者が、ぜんそくで命を落としている。中村医長も自分の患者が死亡した経験がある。
60代の女性患者は、自宅で大発作を起こし、救急車で運ばれたが、亡くなった。普段から発作を繰り返し、フェノテロールを1日10回以上、吸入していたとみられる。同病院では発作時のみ、1日6回までと指導しており、過剰に使用していた可能性が高かった。
◆フェノテロールに疑い
日本小児アレルギー学会・喘息死委員長を務める松井猛彦・都立荏原病院小児科医長が、ぜんそく死31例について、死の1ヵ月前にβ刺激薬(吸入剤)を使っていたかを調べたところ、52%がフェノテロールだった。販売シェアは18%で、市販の状況に比べても多かった。
中村医長は、このデータが3月に医学雑誌に掲載されたのを見て、薬剤の切り替えに踏み切った。「フェノテロール特有の問題なのか、β刺激薬全体の問題なのか、これだけでは分からない。しかし、危険の疑いのあるものは使わない」という判断だった。
厚生省が緊急安全性情報を出したのも、同委員会の調査で、β刺激薬の過剰使用と見られる死亡例の11人のうち、7人がフェノテロールを使っていたからだった。
緊急安全性情報は、(1)患者や保護者が使い方を十分に理解し、過剰投与の恐れがない場合に限り使用する。(2)小児に使わないことが望ましいが、使用する場合は他のβ刺激薬が無効な時に限る。―という内容。この後、この薬の売り上げはほぼ半分に減った。
一方、この薬の使用を続けるある医師は「ぜんそく治療が正しく行われていないことに最大の問題がある。フェノテロール自体は使い過ぎなければ有用な薬」と見る。
ぜんそく治療の基本は、ステロイドの吸入などで気道の炎症を抑え、発作を予防することにある。フェノテロールなどのβ刺激薬は、発作が起きた時に「救急薬」として使用するものだ。
ところが、実際は基本の予防治療をしていない患者が少なくない。死亡した60代の女性も、病院から出たステロイドの吸入薬をほとんど使わず、発作が起きやすくなっていた。発作時にステロイドは速攻性がなく、速く効くフェノテロールに頼る悪循環となっていた。
「3時間待ちの3分診療」と言われる現状では、患者に治療法を正しく身につけてもらうのが難しい場合もある。
「正しく使えば良い薬」という見方に対し、医薬品の問題点を調査している医薬ビジランスセンター代表の浜六郎医師は「現実には使用上の注意が守られないことが多い。使い方を少し誤れば重大な危険が伴う恐れがあるなら、代わりの薬がある限り、避ける方が賢明だ」と話している。
薬害エイズなどの教訓から、薬の情報に関心が高まっている。薬害を根絶できるのかを検討する。
(田中 秀一)
<<ぜんそくは命にかかわる病気。薬で発作が治まらない時は、すぐに受診を>>
(読売新聞・平成9年10月12日)
「癒しのファイル:薬害は防げるか<2>」
◆ぜんそく治療薬(下):安全性不確実な薬の使用には慎重さ必要
喘息治療薬の吸入薬フェノテロール製剤と、喘息死の関係が問題になったのは、日本では今年になってからだが、ニュージーランドでは1989年にこの問題が指摘され、薬が保険診療からはずされる事態になった。
ニュージーランドでは、70年代後半から、ぜんそくによる死亡率が急増し、世界一高い状態が10年以上続いた。この製剤が承認され、売り上げを伸ばした時期に重なることに注目した研究者たちが、「この薬を使っていた患者は死亡の危険が高かった」と報告した。
これには反論も出たが、ニュージーランド政府は同年、この薬を保険の対象からはずした。その結果、30%程度だった同剤の販売シェアは5%以下に低下し、ぜんそくの死亡率も3分の1以下になった。(註:新聞には櫻井よしこさんが文芸春秋6月号で用いたフェノテロールの市場シェア(%)と喘息死の関係を示したグラフを掲載している。)
この時、日本の厚生省は特に対策はとらなかった。「専門家に意見を求めたが、この製剤が原因とは言えないのではないか、という見方だった」からだという。
しかし、事態を深刻に受け止めた医師もいた。金沢市にある城北病院の清水巍副院長は、この薬を使わないよう患者に指導し、使用している場合は別の薬に代えるようにした。「学会で調査委員会を設け、警告すべきだった」と振り返る。
都立荏原病院の松井猛彦・小児科医長もニュージーランドに端を発した論争を重視、昨年の医学雑誌に紹介した。
ただ松井医長は「問題はこの薬だけにあるのではない」とも言う。この薬はβ刺激薬と呼ばれる気管支拡張剤の吸入剤の1つだが、日本でも、この種の薬の販売量と、ぜんそく死亡率の増え方は一致する傾向があり、「β刺激薬を過剰に使うのは危険」と強調する。薬に頼ることで受診が遅れるうえ、「副作用の可能性が全くないとは言えない」からだ。
それでは、フェノテロールは他の製剤より危険性が高いのだろうか。医薬ビジランスセンター代表の浜六郎医師は「動物実験の結果を見ると、同種の薬より心臓への毒性が1,000倍以上強い」と指摘する。
このため、問題のある医薬品を監視する薬害オンブズパースン会議(代表・鈴木利広弁護士)は、発足直後の6月、メーカーと厚生省に販売の一時停止を要求した。
メーカーは「心臓毒性は他の製剤より高くない。ニュージーランドのぜんそく死とフェノテロールの因果関係も明確ではない」と反論する。5月にこの薬の緊急安全性情報を出して注意を促した厚生省も「この薬の副作用である可能性は否定できない」としながら、「販売を停止すべきだとは言えない」(医薬安全局)という見解だ。
同会議の事務局長の水口真寿美弁護士は「この薬がぜんそく死を増やす疑いは、ぬぐえていない」として、現在も論争は続いている。
◆急にやめると窒息死も
このような状況では、患者はどう考えたらよいだろうか。厚生省が今年定めた医薬品危機管理要網には、安全性情報が不確実で被害の恐れが直ちに判断できない時には「常に最悪の事態を想定して」安全対策を立てる、とある。薬の使用には、十分な慎重さが必要になる。
ただ、フェノテロールなどβ刺激薬を使用している患者が、発作時の使用を急にやめると、発作による窒息死を招く恐れがある。ステロイド吸入などが、ぜんそくの薬物治療の基本だが、治療法を切り替えるには、主治医と相談することが欠かせない。
<<β刺激薬を連用していると、発作が起きやすくなるというデータもある>>