(1)父の肺気腫について。

【1006】外科の先生から

<質問>

私は外科医です。父親の病状についていくつか質問がありメールを送らせていただきました。

父親が肺気腫+喘息のため、長期入院を繰り返しており、インターネットにて在宅酸素療法の患者の会あるいは慢性閉塞性呼吸器疾患のリハビリ施設を検索していたところ、先生のホームページに出会いました。

非常に明解で、共感を覚えました。先生が東京にいらしたら、ぜひ父親を連れていきたいところですが…。

数点質問してもよろしいでしょうか。

私の父親は、現在70才ですが、60才頃に喘息発作が出現するようになりました。

タバコは15年くらい前まで吸っており、1日60本x30年で、その後完全に禁煙しております。痰の量は多いです。元気の良かった頃は、早朝の精力的な痰出し作業で、1日が始まり、それがうまくいかないと何となく調子が悪かったようです。

その後、吸入ステロイド等にて、入院を要するような発作は一昨年までありませんでした。しかし、昨年よりに発作が継続するようになり、点滴ステロイドにて緩解する短期入院を数回繰り返し、経口プレドニンが導入されてきました。

(1)軽い発作の時点に救急車で救急外来に受診するように指導しているのですが、点滴ステロイドとともに抗生剤を点滴されると、どうも本人は痰が出なくなり、逆に呼吸苦が強くなるといいます。そのような症例は経験ありますか?アレルギー反応というほどの反応ではないようなのですが、軽症状で受診し、翌々日頃、症状が増悪し、入院が長期化した印象が2回ほどあり、抗生剤の関係を疑っているのですが…。

(2)主治医もピークフローとプレドニン内服による自己管理に踏み切り、さらに今年からは、歩行時に動脈血酸素飽和度が88%程度に低下するため、在宅酸素療法が導入されました。先生の提唱するメドロールは非常に魅力的ですが、プレドニンから切り換えるように主治医と相談したいと思いますが、メドロールについて、もう少し詳しく御指導していただけませんか。プレドニンの副作用として、顔面、下肢の浮腫、帯状疱疹等が出現したことがあります。

(3)ピークフロー値は150〜170とかなり低く、今回の夏の入院時も点滴ステロイド1ヶ月継続時においても170以上にはあがりませんでした。現在、経口プレドニン1日7.5 mg+吸入ステロイド3吸入を1日4回、吸入メプチン、アトロベント、テオドール、エリスロシンと、ありとあらゆるものを継続しております。実は先日、4ヶ月ぶりに退院したのですが、ここ1年の入退院で体力が低下し、現在は100 m歩行が精いっぱいです。私としては、吸入酸素を続けつつ、ゆっくり歩行訓練を続け、半年前のように海外旅行可能なくらいに元気に戻ってほしいのですが。自己ベストピークフロー値170程度の患者の先生の全般的な治療方針をお聞かせください。

(4)ピークフロー値が低いために本人は痰の色、出具合性状等にて発作の前兆を探っております。先生のお話からすると、完全に炎症がとれた状況ではない時点がベースラインになっており、もしかすると、メドロールにてワンランク気道浮腫が軽減すれば、吸入ステロイドの効果も上がるのかもしれませんね。どうでしょうか。

<応答>

メールありがとうございます。お父さまの病状はかなり重症のようで心より同情申し上げます。

>>父親が肺気腫+喘息のため、長期入院を繰り返しており、インターネットにて在宅酸素療法の患者の会あるいは慢性閉塞性呼吸器疾患のリハビリ施設を検索していたところ、先生のホームページに出会いました。

ベースに長年の重喫煙による慢性肺気腫(以下、肺気腫と略)があり、典型的な気管支喘息ではないようですね。

その前に、診断についてですが、よく「肺気腫+喘息」、「慢性気管支炎+喘息」という診断が下されることがありますが、これは保険点数請求上の便宜的診断であることが多いようです。つまり、肺気腫も慢性気管支炎も、その増悪時の治療は喘息発作時と同じ内容になりますので、喘息と病名をつけた方が誤解がなく済むからなのでしょう。

しかし、専門的には「肺気腫+喘息」や「慢性気管支炎+喘息」との診断は非常に曖昧で、やはりどういう病態がベースにあるのかはよく鑑別しなくてはならないと思います。基本的には、気管支喘息は、タバコが原因と考えられる肺気腫や慢性気管支炎がなく、発作的な呼吸困難発作を起こす病気であると定義できます。また、肺気腫や慢性気管支炎でも、気管支喘息ほどではありませんが、気道過敏性が認められ、細菌やウイルス感染が原因の急性増悪時には、喘息様の喘鳴が聞かれることがあります。しばしばこの理由でこの増悪時の喘鳴をもって喘息という診断がついてしまうことがよくあります。

しかし、病因的には肺気腫、慢性気管支炎、気管支喘息は、まったく別個の疾患単位と捕らえた方が良いのです。私の推察で恐縮ですが、お父さまは過去に重度の喫煙歴がありますので、典型的な気管支喘息ではないと思います。これは、後のなぜピークフロー値がそんなに上昇しないかを考える上で非常に重要になってきます。

ただし、お父さまの病態が肺気腫か慢性気管支炎かを鑑別するのは非常に難しいと思います。両者は、いずれも重喫煙が原因と考えられる病気ですが、典型的には、肺気腫は肺胞という袋の病気(気道には病変がない)で労作時息切れが主体、慢性気管支炎は気道という管(くだ)の病気(肺胞には病変がない)で咳や痰が主体です。臨床的には、確かに典型的な症例もおりますが、ほとんどの場合、息切れも強く絶えず咳や痰が多く、どちらとも判別しにくい混合型が目につきます。そこで、我々はこれらを特に区別せず、慢性閉塞性肺疾患(COPD)として、肺気腫、慢性気管支炎、混合型をひっくるめて考えることがあります。

気管支喘息も、一種の慢性気管支炎ですが、タバコが気道炎症の直接原因ではなく、好酸球を主体とする炎症でステロイドに反応するという点で明確に区別できます。また気道過敏性の程度も慢性気管支炎とは全然異なります。

お父さまの病状は、ピークフロー値がさほど上がらず息切れが強いこと、また痰が多いこと、から混合型のような印象を受けます。ただ、すでに禁煙して15年になること、ほぼ最大限の治療にてもピークフロー値が上昇しないこと、を考えますと肺気腫に近いのではないでしょうか?いくら重喫煙歴があるとはいえ、15年以上も前に禁煙していれば慢性気管支炎が持続し続けることはそう滅多にはありません。肺気腫の診断は、胸部レントゲンやCT検査でおおよそ診断できます。主治医が「肺気腫+喘息」と診断しているようですので、恐らく著明な肺胞破壊像が認められるのではないでしょうか?

では、肺気腫なのになぜそれほど痰が多いのでしょうか?おそらくこれは慢性気管支炎というよりは、緑膿菌などの持続的な気道感染があるからなのではないでしょうか?喀痰検査では、何か菌が検出されたことはありますか?お父さまは肺気腫に持続的な気道感染をおこしているため、気道感染が増悪する度に喘息様の発作が起きるのではないでしょうか?

肺気腫の患者さんが息が切れるのは当たり前と思われがちですが、肺気腫といえども“定常の息切れ”にはある程度慣れているもので、そのような方が普段よりひどい息切れを訴える場合、<1>肺炎などの細菌感染による増悪か、<2>右心不全による増悪がほとんどです。このような場合、適切な抗生物質療法や心不全療法を加えてやりますと、ほとんどは以前のレベルまで戻り、患者さんは労作時息切れは多少残るものの、満足してくれるようになるものです。従って、感染増悪や右心不全のないや肺気腫患者さんが、強い息切れを訴えるとすれば、よほどひどい肺胞破壊や大きな嚢胞(ブラ)などがある場合です。

従いまして、<1>と<2>の加療をまず試みては如何でしょうか?<2>は先生の方がご専門でしょう。<1>の持続細菌感染は、増悪時に抗生物質を点滴しただけではなかなか取れるものではなく、ある程度長期的な抗生物質の投与を必要とします。エリスロマイシンを投与されてるようですが、これは私もその使用にはまったく主治医と同意見です。しかし、恐らく現在の使用量では、抗菌能力はないと思いますので、他剤を併用されてはいかがかと思います。私は個人的には、ニューキノロン剤、特にクラビットやシプロキサンが好きです。私の場合、エリスロマイシンに加えてこれらを長期的に使用しておりますCOPD患者さんは結構おります。

ここで、注意を要しますのは、持続的な気道感染の場合、あくまで気道局所の炎症ですので、白血球数やCRPなどの全身性の炎症反応には反映されない点です。喀痰培養中の緑膿菌コロニー数が減る、痰の量が減る、喘鳴がなくなるなどが目安となります。

これらの治療をしても、一向に病状が改善しない場合は、以前はお手上げで、呼吸筋力強化のリハビリと在宅酸素療法中心の身体障害者状態になってしまったのです。しかし、もうご存じかもしれませんが、最近volume reduction surgery (VRS)が行われるようになり、肺気腫患者さんのQOLが著しく改善されるようになっているのです。

肺気腫に手術!一昔前ではあり得ない考え方です。しかし、このような画期的な概念変化があるから医学研究は面白いのでしょうね。以前から、肺気腫患者さんに合併する嚢胞をレーザーなどで焼灼する方法はあったのですが、VRSは嚢胞性肺気腫でなくても、両肺の一部を切除して肺容積を減らすことで息切れが改善するという画期的なアイデアなのです。これで、ビア樽のようにふくれあがった肺気腫患者さんの胸郭が正常化し、息切れが取れるよになるのです。

肺気腫患者さんは、肺に空気がたまり、正常人が80%ほど息を吸った状態で呼吸をしているようなものです。これが、手術で肺容積を減らすことで、正常人に近い状態で呼吸ができるようになるのですから、非常に呼吸が楽になるのだそうです。在宅酸素療法を余儀なくされていたような患者さんでも離脱できることがあるのだそうです。

ただ、まだ歴史の浅い治療なので、生命予後に対する影響はまだ詳しい報告はないかと思いますが、聞いた話では、この療法は、生命予後よりもQOLに貢献するというのです。つまり、手術を避けて数々の生活制限を受けながら少しでも長生きする方を選ぶか、ある程度寿命は短くなっても旅行をしたり孫と遊んだり人間らしい生き方ができる方を選ぶか、です。お父さまは、この手術が適応かどうかはわかりませんが、「半年前のように海外旅行可能なくらいに元気に戻ってほしい」という先生の願いにお答えできるとすれば、この可能性に賭けてみるのも一策かなという気は致します。

以下、手短に個々のご質問にお答えします。

>>(1)軽い発作の時点に救急車で救急外来に受診するように指導しているのですが、点滴ステロイドとともに抗生剤を点滴されると、どうも本人は痰が出なくなり、逆に呼吸苦が強くなるといいます。そのような症例は経験ありますか?アレルギー反応というほどの反応ではないようなのですが、軽症状で受診し、翌々日頃、症状が増悪し、入院が長期化した印象が2回ほどあり、抗生剤の関係を疑っているのですが…。

やはり抗生剤が原因ではないか思います。以前はソルコーテフなどの点滴ステロイドの溶解液中の保護剤などの添加剤で発作が増悪するという報告がありました。私は経口抗生剤で喘息症状が悪化した例は経験しています。他剤へ変更するのがベストでしょう。私は、肺疾患の場合、ペニシリン系やセフェム系の抗生剤はあまりファースト・チョイスにはしません。先ほども申し上げましたが、ニューキノロン系やマクロライド系を好んで使います。何よりも喀痰中への薬剤移行が抜群だからです。

>>(2)主治医もピークフロー、プレドニン内服による自己管理にふみきり、さらに今年からは、歩行時に動脈血酸素飽和度が88%程度に低下するため、在宅酸素療法が導入されました。先生の提唱するメドロールは非常に魅力的ですが、プレドニンから切り換えるように主治医と相談したいと思いますが、メドロールについて、もう少し詳しく御指導していただけませんか。プレドニンの副作用として、顔面、下肢の浮腫、帯状疱疹等が出現したことがあります。

メドロールは、<1>肺組織移行性が良好なこと、<2>抗炎症効果がプレドニンの7、8倍であること、<3>副腎皮質抑制が少ないことが、私がよく使用する理由です。その他の副作用については、プレドニンと同様ですが、個人差は結構あるようで、何の副作用もない方からまったく服薬できない方まで様々です。ただし、増量した際、筋肉痛が起きることがあるのがメドロールの特徴のようです。

お父さまの場合、典型的な喘息ではないと考えられますので、気管支喘息のようにメドロールだから良いという保証はできませんが、一度使ってみる価値はあるかもしれません。

COPD患者でも、多少気道炎症に由来する過敏症状はありますので、吸入ステロイドは積極的に使用するべきであると思います。ただ、吸入ステロイドにはよく反応するリスポンダーとあまり反応しないノン・リスポンダーがいるようです。その判定に、プレドニン30 mgやメドロール24 mgの2週間投与による効果判定法があります(京都大学胸部疾患研究所、西村浩一先生ら)。これらで自覚症状が改善する場合は、吸入ステロイドも効くことがあるそうです。

現在プレドニン1日7.5 mgですが、これまでのステロイド増量はほとんどが増悪時ではなかったでしょうか?気管支喘息の場合も、増悪時はもちろんですが、むしろ少し調子の良い状態でステロイドを増量してみる方が、吸入ステロイドを効かせるという意味では有効かと思います。ただし、この点は主治医によって意見の分かれるところでしょう。

>>(3)ピークフロー値は150〜170とかなり低く、今回の夏の入院時も点滴ステロイド1ヶ月継続時においても170以上にはあがりませんでした。現在、経口プレドニン1日7.5mg+吸入ステロイド3吸入を1日4回、吸入メプチン、アトロベント、テオドール、エリスロシンと、ありとあらゆるものを継続しております。実は先日、長期入院からようやく退院したのですが、ここ1年の入退院で体力が低下し、現在は100m歩行が精いっぱいです。私としては、吸入酸素を続けつつ、ゆっくり歩行訓練を続け、半年前のように海外旅行可能なくらいに元気に戻ってほしいのですが。自己ベストピークフロー値170程度の患者の先生の全般的な治療方針をお聞かせください。

ピークフロー値ですが、もしお父さまの肺疾患が肺気腫がベースでありますと、残念ですがこれ以上のピークフロー値上昇は望めないかもしれません。これは、もう気道炎症が取れないという意味ではありません。肺気腫では、努力呼出時に気道が潰れてしまい、いくら頑張ってもピークフロー値は上がりませんので、ピークフロー値による慢性管理は不向きなのです。(※肺気腫でなぜ努力呼出時に気道が潰れるのかもっと知りたい場合はやや専門的ですが→こちらへ)

これは、先程述べましたように、「肺気腫+喘息」や「慢性気管支炎+喘息」のような曖昧な診断をつけている場合によくみられるピークフローメーター適応上の誤りです。この点が、よく疾患を鑑別しなければならない理由です。もし、肺機能検査のフロー・ボリューム検査で、下図のようなパターンを呈しているとしたら、恐らく典型的な肺気腫で、ピークフローメーターによるモニターは不向きです。私は、ピークフローモニターを勧めるときは必ずフローボリューム検査などを行い、肺気腫を除外してからにしています。

ただ増悪時には確かに値が低下するので、記録して悪いことはありませんが、気管支喘息のように吸入ステロイドや経口ステロイドで劇的に上昇することはあり得ないと思います。ピークフローメーターは、値がみるみる上昇するとか、満足な値が維持できているとか、ある程度いい結果が得られていないとなかなか継続できるものではありません。

>>(4)ピークフロー値が低いために本人は痰の色、出具合性状等にて発作の前兆を探っております。先生のお話からすると、完全に炎症がとれた状況ではない時点がベースラインになっており、もしかすると、メドロールにてワンランク気道浮腫が軽減すれば、吸入ステロイドの効果も上がるのかもしれませんね。どうでしょうか。

肺気腫の場合、気道炎症が存在しなくてもピークフロー値が上昇しませんが、逆に値が低いからとがっかりすることはありません。また、ピークフロー値が上昇しないからと言って、メドロールや吸入ステロイドを止める理由もありません。ただし、ぜひこのホームページでよく吸入操作をチェックしてみて下さい。肺気腫の場合、気道が潰れるのは努力呼出時のみで、吸気時はしっかり気道が開きますので、スペーサーでゆっくり吸えば恐らく効果が上がってくると思います。現在のところは、喀痰量や労作時息切れなどの自覚症状で経過をみては如何でしょうか?

では、この辺で。満足な応答になったかどうか不安ですが、足りない点があればいつでも連絡下さい。

お父さまのご回復と先生のご活躍をお祈りいたします。