5. 薬害オンブズパースンとの応答

※これまで薬害オンブズパースンの要求を「ベロテック販売中止・薬剤回収」と掲載してきましたが、薬害オンブズパースンより「薬剤回収」は正式に要望した覚えはないとのコメントがあり、この表現を削除しましたことをお伝えします(平成9年8月2日)

平成9年6月9日マスコミは、薬害オンブズパースンは厚生省と日本ベーリンガーインゲルハイム社(ベ社)に対してベロテックの販売中止を正式に要請したと報道しました。この動きに対して、私は現場の一医師として“反対の意”を表明し、目下ファックスあるいはメールで以下のようなやりとりを行っております。平成9年7月2日、薬害オンブズパースンの浜六郎医師から「回答を公開して構わない」との承諾が得られましたので、ここに全容を公開します。浜氏からは、「公開は全文無修正で」との条件付きでしたので、極力原文を維持しましたが、個人名に関わる記載はイニシャルを用い、文意がつながるように修正したましことをここにつけ加えておきます。この旨も浜氏から承諾を取っております。その部分は“註”として本文に記しております。

(1)ベロテック販売中止要請に関する反対意見書(平成9年6月12日)

(2)反対意見書のファックスに対する回答(平成9年6月)

平成9年6月9日に私が薬害オンブズパースンに送ったファックスに対し、さっそく膨大な資料を送って下さいました。ここではその回答を紹介しています。

(3)薬害オンブズパースンの方々へ(平成9年6月19日)

薬害オンブズパースンから送っていただいた資料に目を通し、それに対してまた反対意見をファックスで送りました。ここではその内容を紹介しています。

(4)薬害オンブズパースンへの質問事項(平成9年6月23日)

薬害オンブズパースンについて気がついたいくつかの点をファックスで送りました。ここではその内容を紹介しています。

(5)薬害オンブズパースンからの回答(平成9年6月23日)

平成9年6月23日の質問に関してすぐに返答を頂きました。ここではその回答を紹介しています。

(6)浜六郎医師からの回答1-1(平成9年6月26日)

今回の薬害オンブズパースンでベロテックエロゾルを取り上げるにあたり、医学的な面での検討を担当した責任者の浜六郎医師から、ベロテック問題を取り上げた経緯についてメールによる資料が送られてきました。これは、最初に薬害オンブズパースンが私に送って下さった資料の一部と同じです。公開承諾が得られましたのでここに公開いたします。

(7)浜六郎医師からの回答1-2(平成9年6月26日)

浜六郎医師から、これまでの私が述べてきましたベロテック問題に対する回答が届きました。かなり専門的で難解な部分があります。公開承諾が得られましたのでここに公開いたします。但し個人名が登場するような応答に関しては浜氏の承諾の元に一部修正してあります。

(8)浜六郎医師への意見書1(平成9年6月29日)

これまでの浜六郎医師の指摘に対し、私が回答したメール内容を「浜六郎医師への意見書1」として一部内容を修正して紹介しております。

(9)浜六郎医師からの回答2(平成9年7月2日)

平成9年6月29日付けの「浜六郎医師への意見書1」に対して長文の回答が届きました。公開承諾が得られましたのでここに公開いたします。但し個人名が登場するような応答に関しては浜氏の承諾の元に一部修正してあります。

(10)浜六郎医師への意見書2(平成9年7月4日)

平成9年7月2日付けの「浜六郎医師からの回答2」に対していくつかの疑問点につき再度意見書を送りましたので、ここに「浜六郎医師への意見書2」として公開いたします。但し個人名が登場するような応答に関しては浜氏の承諾の元に一部修正してあります。

(11)薬害オンブズパースンからの郵送書類(平成9年7月29日)

日本べーリンガー社からの「逆質問状」ならびにマスコミへの「ベロテック販売継続宣言」以来、しばらく沈黙を守っていたかに見えた薬害オンブズパースンから、「ベロテックエロゾルに関するご連絡」、「日本ベーリンガー社からの逆質問状に対する回答」、「ベロテック使用に関するドクターレター」などが送られてきました。後2者は、内容が専門的すぎますので、現在のところはこのホームページでは公開予定はありません。


(1)ベロテック販売中止要請に関する反対意見書

薬害オンブズマン殿

私は、山形大学医学部臨床検査に所属する呼吸器内科の医師です。平成9年6月9日の読売新聞の記事によりますと、貴薬害オンブズマンは日本ベーリンガーインゲルハイム社(ベ社)に対してベロテックの販売中止を要請したとの内容が報道されていました。私個人の考えとして、この要求は我々現場の医師や喘息に苦しむ患者さんの意向からまったくかけ離れた筋違いの要求であり、是非とも要求を撤回して頂きたくここに意見書を送ることにしました。

私は、薬害エイズにみられる一連の厚生省の不祥事には一国民として非常に憤慨しており、また厚生行政には数々の不満を持っております。また、ベ社に対しては、私個人としては何の利害関係もなく、従いましてこの意見書はまったく中立的立場あるいは患者さんの立場からなされている点をまず強調しておきたいと思います。結論から申し上げまして、ベロテックは一連のマスコミの“厚生省バッシング”の格好の材料にされていると思います。

薬害オンブズマンとしては、ベロテック乱用によって亡くなられた患者さんに対する補償問題などを取り上げるならいざ知らず、ベロテックの販売中止を求めるとのこの度の要求は、“喘息のベロテック”を“薬害エイズの血液製剤”と同系列の薬剤とみなしている点で明らかに問題点を履き違えていると言わざるを得ません。極端な話、1回1錠の睡眠剤を10〜20錠もまとめて服用すれば誰でも死に至るでしょう。「だからその睡眠薬は危ないから販売を中止しろ」との非合理的な論理と全く同じであると思います。“薬害”というのは、常用量を服用したにも関わらずその薬剤の主作用または副作用で、死亡したり重篤な後遺症が現れたりすることを指すのだと思います。

“ベロテック”の使いすぎによる喘息死との関係は今回の小児アレルギー学会喘息死委員会の報告がなされるかなり以前からすでに周知の事実であって、使いすぎが良くないのは医療の現場では常識であったはずです。私自身も、患者さんには再三にわたり乱用の危険性を説明し注意を促してきましたし、それで1名の喘息死患者も出ておりません。その点で今回の貴薬害オンブズマンの要望は、こうした医療現場での我々の努力を踏みにじる行為であるとさえ言えます。

また、何よりもベロテックを必要としている患者さんのことを考えて下さい。確かに、気管支拡張剤は他にもあるでしょう。しかし、ベロテックに依存している喘息患者さんは、他の吸入剤では効果が弱くなっているか作用時間が短くなってしまっているのです。そのような患者さんからベロテックを取り上げることは、作用の弱い他の吸入剤の乱用に走らせる危険性をはらんでいると思います。

この度の小児アレルギー学会喘息死調査委員会の報告にしても、多くの専門家のコンセンサスを得ているわけではないと思います。また、この報告を受けた一部マスコミの報道には、喘息死とベロテックの関連づけに関していくつかの疑問点があります。まず、喘息死した123例の小児のうち、気管支拡張剤吸入の過剰投与が原因と思われるのが11例でその7例がベロテックを使用していたとの報告がなされていますが、この数値を見て“確かにベロテックは危険だ”と感じる医師は非常に少ないと思います。驚くべきは、7年間で123例もの喘息児が死亡していることの方であって、それに占めるベロテック乱用者の割合は“むしろ少ない”とさえ感じます。123例のうちの7例をもってベロテックを“黒”と断定するのは非常に危険であると思います。また、ベロテックは作用の強い気管支拡張剤ですから、より重症な方や多忙で十分な治療が受けられない方に多く使われるのは明らかです。従ってベロテックの総売り上げに占める割合に比べ喘息死した患者さんで多く使われていたとすればこれは当たり前のことであると考えます。また、喘息死の死亡原因として、ベロテック乱用による心臓発作などがあげられていますが、これは全くの類推であって何の科学的証拠もないと思います。喘息死した患者さんの解剖所見は粘ちょう性の痰が気道を閉塞する“窒息死”であるというのが一般的な認識のはずです。また、欧米ではベロテックを販売中止にしたことで喘息死が減少したとの報告が引用されていますが、これは気道炎症を鎮める吸入ステロイド普及の時期とも一致しており、必ずしもベロテックを中止したことのみによる現象とは考えられないと思います。また欧米と日本では単純に比較できない国民性や保険制度の違いが当然あるはずです。

私ども呼吸器内科医が“ベロテック乱用が何故いけないか”を患者さんに説明するのは、“ベロテックが効かなくなるほど喘息自体の病状(気道の炎症)が悪化している”からであって、“ベロテックそのものに非がある”からではありません。従いまして、もしベロテックの販売中止という作業でこの問題が一見解決されたような印象を世間に与えるとしたら、これこそ非常に問題があると思います。それは、“ベロテックが何故乱用されるか(気道炎症が悪化するのを何故野放しにされているか)”という基本的でかつより重要な問題が置き去りにされているからです。つまり、7年間で123人もの喘息児が死亡した事実の方がより重要である点が忘れ去られる可能性があるからです。もし、ベロテックを販売中止にするなら、吸入ステロイドなどの普及によって持続する慢性気道炎症を鎮静化させるなどの対策を講じることが必要であると思います。この根本的な問題を解決せずして、“まずベロテック販売中止”という表面的な対処は、これまでベロテックに依存してきた喘息患者さんをむやみに恐怖のどん底に陥れるだけであると思います。

最後にこの一連の騒動に対する私なりの結論は、
<1>ベロテックの販売中止は不要であること。
<2>ベロテックは有用性の高い薬剤であるが乱用はやはり慎み早目の来院などの患者教育を徹底させること。
<3>吸入ステロイドなどの普及によって持続する気道炎症を除去しベロテックを頻回に使用するような重篤な状態から1日も早く脱すること。

であります。特に<2>に関しては今回の一連の報道で患者さんはベロテックに十分すぎるほど敏感になっていますから、今後乱用は激減すると思います。しかし、一部の患者さんにとってはベロテックはかけがえのない薬剤であります。喘息発作は我慢できないのです。その点を十分考慮して頂きたいと思います。患者さんや専門家の意見をもっともっとお聞きになり、慎重な対応をお願いいたします。

私はこうした喘息患者さんからの声を“ぜんそく患者さんからの寄稿集”の形としホームページ上で運営しております。また、患者の方が運営している“Zensoku Web”にもたくさんの患者さんの声が載っています。ぜひこれらの声を広く聞かれて参考にして頂くことを切に要望いたします。

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(2)薬害オンブズパースン方からの回答

諏訪部章先生

前略 この度は、薬害オンブズパースンにご意見をお寄せいただきありがとうございました。

薬害オンブズパースンは、6月8日に正式に発足した民間の医薬品監視機関です。薬害オンブズパースンでは、予備会議と第1回会議での検討を経て、喘息治療薬の「ベロテックエロゾル」(フェノテロール)を検討した結果、安全性に疑問があるという結論に至り、6月9日、厚生省と右医薬品を販売している日本ベーリンガーインゲルハイム社に対し、安全性が確認されるまでの間、出荷、販売を停止することなどを内容とする要望書を提出致しました。

これに対し、先生は、基本的に反対のご意見と伺いましたが、薬害オンブズパースンと致しましては、調査検討を重ねた結果、前記のような結論に達したものです。

6月8日に薬害オンブズパースンが厚生省と企業に提出した各要望書、委託調査報告書、申し入れとともに公表した患者の方々への回答書をお送り申し上げますので、御検討いただけますれば幸いです。

なお、右委託調査報告書末尾記載の論文をはじめ、薬害オンブズパースンが検討に際して使用した資料につきましては、すべてを公開致しております。大部になりますので、コピー代・郵送費はご負担いただくことに致しておりますが、必要とあらば、ご遠慮なくお申し付けください。

今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

草々

1997年6月
薬害オンブズパースン事務局

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(3)薬害オンブズパースンの方々へ

前略 先日の私からのファックスに対したくさんの資料を送っていただき、貴団体のこの運動に対する意気込みを感じとることができました。送っていただいた資料には目を通させていただきました。ベロテックを乱用する状態はきわめて危険であって、そのような状態には吸入ステロイドなどの抗炎症剤が必要である点では、基本的に私の考えと一致しております。しかしながら、『一定期間の猶予後にベロテックの販売中止』との要求に関しては、以下の理由から賛同しかねます。

<1>仮にベロテック導入時に問題があったからといって販売中止へもって行くのは別問題であること。

今回送られてきた貴団体のベ社と厚生省に対する公開質問状をよく読んでみますと、確かにベロテック導入にはいくつかの不自然な点があり、これらについて非常に重要な点を指摘していると思いました。欧米での動向を考えますと、“なぜ日本にだけベロテックが承認されたか”という経緯は是非明らかにして欲しいと思います。このたびの公開質問状はこの点に対してよく検討されていると感心しました。

しかし、万が一導入されたいきさつに何らかの間違いや不備があったとしても、ベロテックはすでに日本中に広がってしまい、多くの患者さんにはかけがえのない薬剤になってしまったことも事実であります。この点が、薬害エイズとの大きな違いなのではないでしょうか?薬害エイズでは、出回っている血液製剤の販売中止はもちろん速やかな回収によって1人でもエイズの発症を食い止めることができたはずです。しかし、ベロテックはもうすでに多くの患者にはなくてはならない存在とさえなっているのです。販売を中止することは、これらの患者さんには恩恵にならないどころか、かえって苦しめる結果になると思います。

従って、ベロテックが導入された経緯についてはどんどん調査し疑問点を解決していただきたいと思いますが、やはり“販売中止”という要求は患者さんを苦しめることになるだけですので是非撤回して欲しいというのが私からのお願いです。

<2>“一定の猶予期間”に対する疑問。

一定期間の猶予の後ベロテックの販売中止などの措置を要求していますが、この一定期間とはおそらく“吸入ステロイドなどを普及させることによって気道炎症を鎮静化し、大多数の喘息患者がベロテックを乱用する状態から脱却し、ベロテック以外のβ刺激剤でコントロールできる状態になるまでの期間”とのことだと思います。しかしこの状態がそんなに簡単に達成できるのであれば多くの患者さんはベロテックがあっても使わなくても済む状態になっているはずですし、その意味で販売中止の措置自体の意味がなくなるはずです。つまりベロテックは使われても週に1、2度でしょうから副作用による死など起こるはずはありえないと考えられます。

現行の医療体制では、ベロテックを乱用する患者さんの中には、販売中止が決定されるとそれまでの期間にいくつかの医療機関を渡り歩き“ベロテックを貯め込む”方が出現したり、また他の患者との間にベロテックの“貸し・借り”などの不謹慎な行為を行ったりする可能性すらあると思います。

貴団体はどれくらいを“一定期間”と考えているのでしょうか? 吸入ステロイドなどの抗炎症剤が第1線医療の末端まで普及して、気道炎症のない理想状態が達成されるには、私の予想では今後“十年以上”を要すると思います。実際問題として吸入ステロイドの普及にすら疑問を抱いている医師がいる中で、“とりあえず販売中止”の措置は、患者さんにとっては気道炎症が鎮静されないままにベロテックを止めろということですから、それがベロテックに依存している患者さんに対してはいかに苦痛を強いることであるか、またいかに危険であるかがわかると思います。

<3>日本をニュージーランドや欧米と同一に考えてはいけないのではないか?

では吸入ステロイドが普及すればベロテックは必要なくなるかというとそんなに単純にはゆかないと思います。実際、ベロテックを乱用している患者さんがすべて吸入ステロイドを使用していないかというと決してそうではないと思います。少なくとも私の診ている患者さんはほとんど吸入ステロイドを吸っていますが、にもかかわらずベロテックに依存している患者さんは、仕事が忙しくて安静が保てないなどの理由で気道炎症を鎮静化させることができないのです。これはいくら私が説明してもどうなるものでもありません。

“それでは仕事を換えればいいじゃないか?”
そんなに日本社会は甘くないと思います。言ってみれば、ベロテックを乱用して喘息死するような方は、今の日本社会の犠牲者なのではないでしょうか? この点が、ニュージーランドや欧米と一概に比較しては危険ではないかという私の疑問です。喘息患者さんは世に知られていないところでいろいろ悲惨な目にあっているのです。しかし、その悲惨さに耐えながら隠れてベロテックをシュッと吸入しながら、苦しいのを我慢し仕事をしているのです。ベロテックを使いすぎて死ぬかもしれないと頭ではわかっていても、今の仕事・今の生活の方が大切なのが日本社会の実情なのです。私は、日本社会が喘息患者さんの惨状を本当に理解してくれる日がくれば、喘息でひどく苦しむ患者さんはほとんどいなくなると信じています。こうした社会の意識改革こそが根本的な問題なのであって、ベロテック規制は表面的な措置であり、今現在喘息発作で苦しむ患者さんをいかに無視した行動であるか是非ご理解していただきたいと思います。

<4>イソプロテレノールの入っているストメリンDはなぜ野放しなのか?
私の経験では、ベロテックよりも喘息患者さんに重宝がられてかつ“乱用”されていると感じるのはベロテックよりもストメリンDであると思います。どちらかというとストメリンDを愛用している患者さんにとっては依存傾向にすらある薬剤であると思います。今回の資料によりますと、ストメリンDの主成分であるイソプロテレノールはベロテックの成分であるフェノテロールよりも心毒性が強いとのことです。また、ストメリンDには全身作用の強いステロイド剤であるデキサメサゾンが入っています。心毒性を問題にするなら、ストメリンDは野放しにされて良いのでしょうか?

<5>ベロテックの用量設定について。

日本で出回っているベロテックは1吸入200マイクログラムで、他国および日本の他のβ刺激剤が100マイクロとのことですが、確かにそれが承認される過程は問題なのかもしれませんが、はっきり申し上げてベロテックの1吸入100マイクログラム剤が存在しても苦しいときに2吸入すれば同じ事であると思いますし、逆に2吸入する方がフロンガスの刺激を2回受けるので気道炎症には不利と考えることもできます。従ってこの点はさほど重要ではないと思います。

<6>ベロテック乱用による喘息死は本当に心臓死なのか?

心毒性に関しては動物実験で詳しいデーターが示されたのはよくわかります。しかし、喘息死した患者さんが本当に致死的不整脈や心筋虚血などの心臓発作であったという事例や証拠はあるのでしょうか? いずれも推論ではないのでしょうか? 私は喘息死は今でもβ刺激剤の乱用による心臓死ではなく喘息自体が悪化している窒息死であると考えております。これは実際に喘息死した患者さんの解剖所見であるからです。ベロテックより心毒性が強いストメリンDの乱用が問題にならないのもこの事実を裏付けていると思います。私がこの点にこだわるのは、やはりベロテックを販売中止しても根本的解決にはならず、今後時間をかけて吸入ステロイドなど抗炎症剤の幅広い普及につとめることこそ肝要と考えるからです。

以上の理由から、ベロテック導入に関する調査や被害を受けた方々の補償問題などは支援しますが、ベロテックの販売中止の要求は是非取り下げて欲しいというのが私なりの要求です。どうか患者さんのためにも再検討して下さい。

また、日本ベーリンガー社および厚生省からの回答が寄せられましたら、できれば送っていただくか、でなければ何らかの形で公開して頂ければと考えております。電子メールでのご返事を歓迎いたします。宜しくお願いいたします。

平成9年6月19日

山形大学医学部臨床検査医学
諏訪部章

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(4)薬害オンブズパースンへの質問事項

前略 ベロテック問題に関しましては、いろいろと意見を述べさせていただいている者ですが、いろいろとお忙しい毎日かとは思いますが、以下の点につきご回答いただきたいと思います。

<1>貴団体のフェノテロール班の構成員には喘息患者さんが含まれていますか?

<2>貴団体に寄せられている喘息患者さんや医師などからのファックスなどをすべて公開していただくことは可能ですか? もちろんプライバシーに関わることは伏せていただいて構いませんが、一部を選ぶのではなく、すべて公開できればして欲しいのです。

<3>今後貴団体の情報をインターネット上のホームページで公開していただけますか?

<4>厚生省と日本ベーリンガー者からの正式回答の情報を送っていただけますか?

特に<2>の情報に関しましては、もしコピーや送料が有料ならそれでも構いません。着払いもしくは送金方法などをお知らせ下さい。 宜しくお願いいたします。

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(5)薬害オンブズパースンからの回答

<1>貴団体のフェノテロール班の構成員には喘息患者さんが含まれていますか?
→含まれておりません。但し、子どもが喘息患者という者はおります。

<2>貴団体に寄せられている喘息患者さんや医師などからのファックスなどをすべて公開していただくことは可能ですか? もちろんプライバシーに関わることは伏せていただいて構いませんが、一部を選ぶのではなく、すべて公開できればして欲しいのです。
→ご要望にお答えできるかわかりませんが、次回会議で検討の上ご返答致しますのでしばらくお待ち下さい。

<3>今後貴団体の情報をインターネット上のホームページで公開していただけますか?
→ホームページについてはただいま検討中です。但し、これを管理するスタッフが不足しており、少し先のことになりそうです。なお、薬害オンブズパースンのメンバーの一人である浜六郎医師がニフティーサーブの“すこやか村喘息館”で、この問題について討論しています。当面は、そちらをご参照下さい。

<4>厚生省と日本ベーリンガー者からの正式回答の情報を送っていただけますか?
→回答が届き次第、お送りいたします。

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(6)浜六郎医師からの回答1-1

フェノテロール日経メディカル記事
喘息死とフェノテロールMDI(1997.6.24 版)

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喘息死との関連が問題になっているフェノテロールMDI(ベロテック・エロゾル、日本ベーリンガー・インゲルハイム社)について報告する。

【1】フェノテロールのβ2 選択性は低く、心毒性が強い

メーカーはフェノテロールを「β2 選択性が高い」と主張し、喘息専門医でもそう信じている人は多い。イソプロテレノールよりはβ2 選択性は高いのだが、メーカー提出の資料でも、フェノテロールがβ2 選択性が高いという事実は無い。サルブタモールに比較して、β2 選択性は約1/5と、むしろ低かった。

承認根拠となった毒性試験を検討したところ、ラットでは、2分間の大量吸入投与(急性毒性)ですでに心筋の壊死を認めた。5週間の経口亜急性毒性試験では、心筋の壊死が用量依存的に増加。最低用量の2.5 mg/kg(臨床量7.5 mg/50kg の17倍に相当) でも10.0%に心筋壊死を認めた。イヌでは臨床用量の2倍でも安全とは言えなかった。心臓に対する安全量は不明だった。600 mg/kg で20%、1500mg/kg で44%と突然死も用量依存的に増加していた。

臨床用量の2000〜4000倍で心毒性が認められなかったサルブタモールに比して、フェノテロールはβ2 選択性が低く、心毒性は1000〜2000倍以上とはるかに大きいのである。

イソプロテレノールMDIの代替薬となったβ2 作動剤の中でフェノテロールMDIの危険が特に問題になる主な理由はこのためである。

【2】喘息死は不適切な薬剤・不適切な治療で増加

世界的には、これまで喘息死の大流行が4回あった。第1期(1940年代)はアドレナリンの吸入、第2期(45-53 年頃) はイソプロテレノール、第3期(62-68) は高用量イソプロテレノールが関与。第4期(76-89)は特にニュージーランドで著明で、フェノテロールが76年に導入された翌年から喘息死が急に増加した。81年にβ刺激剤とテオフィリンを問題とする疫学調査結果が発表され、喘息死がやや減少したが、85-88 年には減少傾向が止まっていた。

1989年のCrane らの調査結果(フェノテロールの非使用者に比して、最大13.3倍危険)が公表され、その調査結果を受けてフェノテロール投与制限措置をとったニュージーランドでは、措置の後、急速に喘息死が減少した。使用制限措置による、フェノテロールの使用が激減と、合わせて喘息治療の基本が徹底されたことなどで、喘息死が減少した。

【3】日本の喘息死はトップクラス

一方、日本で喘息死は増加を続け、年間死亡数は6000人。Crane 氏を通じて、Sears 博士から提供された5〜34才の1993年の喘息死亡率を見ると、日本は人口10万対0.73人。ニュージーランド0.50, ドイツ0.44, アメリカ0.47, イギリス0.52と、日本の喘息死は今や世界のトップクラスとなってしまった。日本小児アレルギー学会喘息死委員会のデータでは、喘息死者31人中、死亡前1か月間にフェノテロールMDIを使用した人は、16人(51.6 %) 、この間のβ作動剤MDI全体に占めるフェノテロールのシェア(本数)は18.3%であった。このデータから、フェノテロールと喘息死との間の強い関連が示唆される。フェノテロールの危険(オッズ比) が他のβ作動剤の約5倍である可能性があることになる。

1985年以降の増加は15-34 歳、とくに受験や就労開始期の15-29 歳代の男性で特に著しい。この年齢層男性の年間の過剰死数は約 110人と推定できる。

【4】抗炎症治療をしないフェノテロールMDI治療は危険

喘息の治療は以前、発作を軽減することに重点が置かれていた。しかし、最近は、気管支の粘膜がアレルギーや化学物質などによって炎症を起こし腫脹したり粘液が貯留して気管支内腔が狭窄しているために生じる慢性の疾患であると考えられるようになってきた。

したがって、急性期にはもちろん気管支拡張剤で発作を軽減させなければならないが、慢性期には、気管支の炎症を改善する治療(吸入ステロイド剤やクロモグリク酸)を主体とすべきとされている。WHOの勧告でも、

(1)β作動剤は週3回までに。週4回以上必要なら、抗炎症治療を週に3回までのβ2 作動剤の吸入で発作が簡単に抑えられるようなら、β2 作動剤MDIでよいが、週4回以上β2 作動剤の吸入剤を使用するような場合には、クロモグリク酸やステロイド剤を中心とする抗炎症治療に重点を移すべき、とされている。

(2)基本治療ができない患者は、できない理由(背景)の検討を患者の中には、就職をし始めて間 もないとか、たびたび喘息で休んでいて、これ以上休むと、解雇されるとか、いろいろの事情を持った人も多く、単純にこの基本的な治療を守ってくれない場合も多い。しかし、適切な治療により気道炎症の抑制をはからず、β作動剤の頻回吸入のみに頼る治療は危険であることを、ぜひとも患者さんにねばり強く説明して分かってもらわなければならないと思う。

【5】100%の因果関係が証明されなくても対策を

動物試験の結果、臨床試験、諸外国の疫学調査、日本におけるフェノテロールMDIと喘息死との関連の強さなどを総合すれば、100 %とまでは言えないまでも、ほぼ確実にフェノテロールMDIが喘息死を増加させているとの考えで、対策をとるのに十分なデータはそろっている。

【6】多様な患者に多様な医師のかかわる喘息治療

不適正な治療がある程度はあることを前提とした対策が必要だ。現実の生活のために、β作動剤MDI、とくに効果の持続するフェノテロールMDIで一時しのぎの治療を繰り返さざるを得ない患者は、依存の傾向に陥り易い。喘息はいろいろなレベルの医師によって治療され、いろいろな患者がいる。「過量投与になるおそれの無いことが確認されている場合に限る」とする、いわゆる「 緊急安全性情報」の注意事項が守られない医療が現実に存在する。通知は重要な内容を含むが、このような現実は、一片の通知で解決できる問題ではない。

また、この「緊急安全性情報」では、「他のβ2 刺激薬吸入剤が無効な場合に」限り、フェノテロールを使用するとしている。フェノテロールを安易に使用すべきではないということを強調するための情報ではあろうが、この注意は誤りである。

理由は簡単だ。「他のβ2 刺激薬吸入剤が無効な場合」は、「抗炎症」に重点を移した治療を行うことが喘息治療の基本だからである。「他のβ2 刺激薬吸入剤が無効な場合」に抗炎症治療に重点を移すことなく、より心臓刺激の強いフェノテロールに切り換えることを推奨する、この「情報」は、極めて危険である。厚生省やメーカーへの申し入れに際してもこの点を強調した。

【7】フェノテロールは代替薬に変更を

「フェノテロールがなければ治療ができないと」思っている患者はいるが、そのような患者も、喘息治療の基本がきちんとできれば、サルブタモールMDIのようなもので十分コントロールできるはずであり、そのような治療ができなければならない。基本的な治療ができているかどうかを見直し、速やかに代替薬に変更すべきである。ただし、フェノテロールを中止しても、その代替薬としてイソプロテレノールが処方されては何にもならない。

(医薬ビジランスセンターJIP/TIP 浜 六郎)

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(7)浜六郎医師からの回答1-2

山形大学医学部
諏訪部章様

私は、今回の薬害オンブズパースンでベロテックエロゾルを取り上げるにあたり、医学的な面での検討を担当した責任者の浜 六郎と申すものです。この3月31日まで、松原市にある300床程度の地域の公的な病院で20年間内科医を20年間し、喘息患者さんも含めて地域医療を進めるかたわら、企業から援助を受けない医薬品情報誌、TIP誌 The Informed Prescriber"〔邦名:「正しい治療と薬の情報」〕を1986年から編集発行してまいったものです。

6月19日付けの薬害オンブズパースン宛のFAXを拝見いたしました。

今、医師向けのベロテックエロゾルについてどのように考えるべきなのかについての解説書を作成中ですが、その完成は来週になると思われるので、とりあえず、現段階での私の書いた草稿をもとに、ご説明申しあげます。

1.諏訪部さんのご意見を整理させていただきます。
(a)ベロテックエロゾルを乱用することは危険であり、そのような患者さんは、抗炎症治療に重点を移すべきである。
(b)しかし、販売中止へもっていくことには反対である。
その理由は、
(1)多くの患者さんにはかけがいのない薬剤になってしまっている。これらの患者さんには利益が大きく害は少ない。
(2)抗炎症治療が普及してベロテックエロゾルの使用頻度が週1、2度程度になればベロテックエロゾルの副作用で死亡するようなことは起きないはず。
(3)しかし、現実には抗炎症治療の普及には10年以上要すると思われ、
(4)日本社会の無理解から、「私が説明してもどうなるものでも」ないほどの、ベロテックエロゾル依存患者が現にいる。
(ベロテックエロゾルを乱用して喘息死するような方は今の日本社会の犠牲者)
(喘息患者さんは世に知られていないところでいろいろ悲惨な目にあっているのです。しかしその悲惨さに耐えながら隠れてベロテックをシュッと吸入しながら、苦しいのを我慢し仕事をしているのです。ベロテックを使いすぎて死ぬかもしれないと頭では分かっていても、今の仕事・今の生活の方が大切なのが日本の社会の実情なのです。)
(5)「ベロテック乱用による喘息死は心臓死ではなく、喘息の悪化による窒息死である」と考えている。
・実際に解剖した患者さんの解剖所見
・ストメリンDの乱用が問題にならないことが裏付け
(c)その他
・ベロテックの心臓毒性を問題にするなら、どうしてストメリンDを問題にしないのか。

→(この点についてはここでコメントを頂いています)もちろん、ストメリンDは使用すべきでないと考えていますが、現在日本の喘息死の増加の原因としては、それほど重要な問題とはなっていないので、特別には、とりあげませんでした。ただし、ベロテックが中止され、ストリンDが処方されるということがあることを当方でも把握しておりますので、何らかの対策は必要かもしれません。

2.私の考え方を述べます。
以下は特に薬害オンブズパースン全体の意見としてではなく、私個人の意見として述べさせていただきます。

諏訪部さんの疑問の根本には、
「ベロテックは少なくとも、
(a)他のβ2 作動剤と同程度の心臓への影響であり、他のβ作動剤と比べてとくに心臓毒性はつよくはない。
(b)たとえ心臓毒性が強いとしても、実際に死亡する人は、喘息で窒息して死亡するだけで、心臓死するわけではない。
(c)解剖した患者さんの解剖所見や、ストメリンDの乱用が問題にならないことで、裏付けられている」

というお考えがあるようです。

(a)ベロテックのβ2 選択性と心毒性について

報告書にも書きましたが、ベロテックは他のβ2 作動剤と比較して、β1 作用が強いのです。特にサルブタモールと比較すれば、インビトロでは、5 倍です。毒性試験では、サルブタモールに比較して、1000〜2000倍以上の心毒性がありますし、どの程度であれば安全か(心毒性がないか)がはっきりとしません。突然死もdose response が明瞭にあるのです。

(b)(c)喘息死の多くは、突然死しかも心臓死の可能性大

(1)重症者だけでなく、軽症〜中等度の人も突然死するのが最近の特徴
これまでから重症だった人が突然死するだけでなく、それまでは軽症〜中等症であった人が、急に突然死するというのが、最近の喘息死の特徴であると、小児アレルギー学会の喘息死委員会の報告でも述べられています。

(2)気道閉塞所見は目立つが、不整脈死は解剖では分からない
喘息死した患者さんは、喘息患者さんですし(もちろん)、死亡する直前はやはりベロテックエロゾルを使用する必要があったわけで、気管支に分泌物が貯留しているわけですから、解剖をすれば、窒息に近いような所見があることは当たり前です。一方、心室頻拍( torsade de pointes )〜心室細動から心停止は、剖検ではほとんど分かりません。生前に心電図が撮られている場合に唯一診断がつくだけです。しかし、病院でハートモニターをしていても、そのような不整脈をとらえることは困難であり、ましても、病院外でそのような変化をとらえることは不可能に近いことになります。したがって剖検がなされた場合には、明瞭な所見として認識できる、気管支の閉塞所見が主要な死因に結びつき易くあるわけです。

(3)多くのβ作動剤の中で、ベロテックが問題になるのは、心毒性が高いから2-a)で述べたごとく、β1 作用も強いベロテックエロゾルが吸入されると、すでに低酸素血症もあるところに(おまけにカリウム血症もあることが多い)、虚血を起こしやすく、心刺激があり、しかもQTcを延長するわけですから、心室頻拍が生じることは当然考えられる。

(4)歴史的に、喘息死の増加と関係が指摘されたのは、心毒性の強いβ作動剤アドレナリン吸入、イソプロテレノール、高用量イソプロテレノール、フェノテロールと、これまで世界的な流行を生じた吸入剤はすべて心毒性が強いものでした。ストメリンDの主成分のイソプロテレノールは、2度にわたって、喘息死の原因として指摘され、しかも急性期の治療効果は疑いなく強いことが認識されていただけに、長期使用では逆に害があるとの認識に達して、大問題になりました。

(d)疫学的調査で認められたことと、毒性試験の結果からは、因果関係ありとすべき

これまでに、薬剤と喘息死との関連を指摘する疫学調査が多く発表され、それに、フェノテロール(ベロテック)が関係することが発表されました。ふつう、因果関係があるという場合、臨床的、あるいは疫学的に関連が認められたことが、動物試験で再現されれば、因果関係ありとすべきものです。

今回のベロテックの場合のように、動物試験でQT延長が証明されていて、突然死も動物試験で再現されています。このような点まで証明されているものは、珍しいほどですが、このようなことまで、証明されているのに、何らかの対策(回収など)がなされないならば、それこそ、薬害エイズやソリブジンの場合と同様の大被害を出すことになります。ソリブジンのような場合も動物試験で確認した併用毒性を隠すという情報操作であのようになったのです。

対策をとるべき資料はすでにそろっているのです。

(e)日本社会の無理解と喘息死について

「私が説明してもどうなるものでも」ないほどのベロテックエロゾル依存患者が現にいることについて
(ベロテックエロゾルを乱用して喘息死するような方は今の日本社会の犠牲者)
(喘息患者さんは世に知られていないところでいろいろ悲惨な目にあっているのです。しかしその悲惨さに耐えながら隠れてベロテックをシュッと吸入しながら、苦しいのを我慢し仕事をしているのです。ベロテックを使いすぎて死ぬかもしれないと頭では分かっていても、今の仕事・今の生活の方が大切なのが日本の社会の実情なのです。)

まったく言われるとおりです。そのことはよく分かっていますし、私自身が強調していることでもあります。私の分析では、日本では、15〜29才の年齢の男性だけで、1980年に比較した過剰死(以前より増加した死亡者の数)は、年間 110人と推定されます。つまり、この過剰死分の年間 110人は、ベロテックが使用される以前には死亡していなかったのですから、すべてベロテックのためではないとしても、ベロテックが関与している可能性は高いのです。

ベロテックに頼っている患者さんはこの実態はまだご存知ないのではないかと思うのです。もしも、このことを知れば、自分もそのうちの一人になるかも知れない。そのうちの一人にならないためには、どうすればよいかを、真剣に考えていただけることになるのではないかと思います。この時こそ、抗炎症治療の重要性をよく説明して、ご理解を得るチャンスであると思います。

フェノテロールやストメリンDに頼る人は仕方がないと諦めず、粘り強く、なぜいけないのかを説明してさしあげて欲しいのです。説明する人が、他のβ作動剤とベロテックとの違いをあまり認識されていない場合には、やはり、迫力が違うと思います。

いかに心臓の毒性が強いか、心毒性が強いものは、重症の不整脈から突然死する危険性があることなどをよくご理解いただき、患者さんにも説明をしてあげて欲しいのです。

(1)多くの患者さんにはかけがいのない薬剤になってしまっている。これらの患者さんには利益が大きく害は少ない。
(2)抗炎症治療が普及してベロテックエロゾルの使用頻度が週1、2度程度になればベロテックエロゾルの副作用で死亡するようなことは起きないはず。
(3)しかし、現実には抗炎症治療の普及には10年以上要すると思われ...

のご主張に関しては、これ以上ご説明する必要もないと存じます。

上記に指摘させていただいた問題点をよくお考えいただき、ぜひとも、患者さんを粘り強く説得していただきたいと存じます。

なお、ご質問がございましたら、FAX でもメールでもお送り下さい。

医薬ビジランスセンター:JIP(Japan Institute of Pharmacovigilance)
〒580 松原市西野々1-10-2, 320 、 TEL 0723-30-1622 FAX 30-9396
代表 浜 六郎
医薬品・治療研究会(TIP誌 The Informed Prescriber")
副編集長 浜 六郎

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(8)浜六郎医師への意見書1

薬害オンブズパースン
浜六郎氏

初めまして。先日来たくさんの資料およびご意見をお送り頂きありがとうございました。

少しばかり自己紹介をさせて下さい。私は、卒後13年目になる呼吸器内科医です。現在は臨床検査という講座に籍を置いていますが、元々山形大学医学部第1内科の所属で呼吸器を専門に診療して参りました。6年前より当講座に移り、検査部の仕事をしながら内科の外来を手伝いをし患者さんを診ています。研究の専門は喘息ではありませんで、肺線維症などの肺傷害を中心に肺のサーファクタントなどの役割について研究をしている者です。日本胸部疾患学会の認定医ではありますが、思うところあって気管支喘息を扱う日本アレルギー学会には所属していません。ですから、今回の一連の薬害オンブズパースンの動きに対して、こうるさい奴がいるがいったい誰なんだ? と日本アレルギー学会名簿などをお探しになられても、残念ながら名前は載っておりません。

喘息は専門に“研究”はしてきませんでしたが、患者さんはたくさん診て参りました。今でも出張先を含めると100人近くの患者さんを診察しています。吸入ステロイド療法に関しては10年前より臨床に導入し、たくさんの患者さんを治療してきました。臨床の先輩であります浜先生の前で大変失礼かとは存じますが、吸入ステロイド療法に関しては、他の専門の先生にひけを取らないほど理解があると自負しております。また、今回のベロテック問題がマスコミに劣り沙汰される何年も前から、その乱用の危険性につきましては、患者さんに口を酸っぱくして説明して参りました。ベロテックを使用している患者さんはたくさんおり、中には月1度の外来で4、5本のベロテックを必要とする患者さんも何人かおりますが、これまで喘息死は経験したことはありません。

もし、この問題が取り上げられるのが、半年前でしたら私は薬害オンブズパースンに何も反論はしなかったと思います。ベロテックを取り上げられた患者さんの苦しみなど何も理解せずに、「ベロテックは販売中止になりそうだから、別の同じ作用の吸入薬を出しますから」と対処していたでしょう。

しかし、平成9年1月、出張先のある病院で、ある国立療養所から半ば逃げ出すように退院してきた小学5年生の喘息児(→(1)として紹介)を診察したことがきっかけで、インターネット上で「喘息患者さんからの寄稿集」と題したこのホームページを公開するに至りました。浜先生が私のホームページにアクセスできない可能性もありますので、その寄稿集をお送りしたいと思います。是非このベロテック問題の結論を出される前に、ご一読していただきたいと思います。

簡単にその経緯を述べさせていただきますと、その児は発作が繰り返される状況の中で鍛錬療法などを強いらるという旧態依然とした加療を受けていたのです。私は最初、これは特殊なケースであると信じて疑いませんでした。しかし、そのことがきっかけとなって私は小児喘息治療の最近の状況について勉強しました。小児喘息関係の雑誌を読み、研究会に出席し、何人かの小児アレルギーの著名な先生にお手紙も書きました。確かに小児科領域でも吸入ステロイドを積極的に取り入れている施設はありましたが、それはむしろ少ない方でいまだに水泳などの鍛錬療法を中心としている施設がたくさんあり、吸入ステロイドを疑問視している施設もたくさんあることを知りました。

信じられないことに、私の診た喘息児は特殊施設からの逃亡者ではなく、今の日本の少なくとも標準的な治療をしている施設からの逃亡者であったのです。その後も私は、小児科領域にも吸入ステロイドを広めなければならないと意気込んで小児科の先生の前で、吸入ステロイドの演説をぶったことがありました。ところが、その反応は想像以上に冷ややかでした。吸入ステロイドは、依然として“副作用の強いステロイド”に他ならなかったのです。

浜先生は小児喘息のお子さまをお持ちと聞きました。吸入ステロイドをお使いですか? もしそうだとしたら、それは小児科の先生に相談し処方されましたか? それはご自分の判断ではなかったですか? 若輩の私が申すのは大変恐縮ではありますが、内科医であります浜先生が吸入ステロイドは小児科領域でも浸透しているとお考えでしたらそれはとんでもない認識違いであると思います。それなら私は寄稿集など作ろうとは考えませんでした。

小児科の先生の中には、吸入ステロイドの普及に疑問を投げかける方もたくさんおられるのです。浜先生ら薬害オンブズパースンの方々は恐らく、日本小児アレルギー学会の喘息死調査委員会の報告を受けて動いたのだと思いますが、この学会としては必ずしも吸入ステロイド普及の方向性を示しているとは思えません。吸入ステロイドを普及させ一日も早くベロテックを中止する方向に動いている薬害オンブズパースンは、この動向をご存じなのでしょうか?(註:実際のメール内容を一部変更)

吸入ステロイドの普及を計ってベロテックに依存している状態から脱却させなければならないという先生のお考えは、私自身これまで苦労しながら行ってきたことでもあり、心より賛成しますが、実際にはそんなに簡単に目標が達成するものではないと認識しております。そのような現実を前にとにかくベロテック販売中止とは、危険すぎる行為であると思うのです。

ベロテックの動物実験データで心毒性が強いのはわかります。これが実際臨床の場に出回る前なら確かにそれは日本での発売には至らなかったかも知れません。その点は賛同いたします。しかし、それなら何故乱用を徹底させる旨の注意書きを廻して注意させるではいけないのでしょうか? 動物実験での心毒性はとてつもない高用量での結果です。2、3吸入したからといって死に至るわけはありません。危険な薬剤でも適切に使用すれば副作用よりも主作用の方が大きいのはどの薬剤でも同じことです。元々薬なんてそんなものではないのでしょうか?

次にストメリンD話をさせて下さい。ストメリンDはベロテックより心毒性が強いイソプロテレノールというβ刺激剤が入っているのに喘息死で問題にならないことも事実です。先生はストメリンDが喘息死で問題になっていない点をどうお考えですか? 私は、ストメリンDにはデキサメサゾンという強力なステロイド剤が入っていて、同時に気管支の炎症も取ってくれるからだと思います。つまりベロテックが乱用されて喘息死に至る患者さんが多いのに、ストメリンDの乱用と喘息死があまり取り沙汰されないのは、デキサメタゾンが気道の炎症を取ってくれるので喘息が悪化しないからに他ならないのだと私は考えます。これこそベロテック乱用が心臓死ではなく喘息の悪化による喘息死であることを証明しているのだと思います。ベロテックのみでは気道の炎症が取れないために、その使用によって喘息自体が悪化してゆくからではないでしょうか? 例えば、もしベロテックにデキサメタゾンを配合した吸入剤があったとすれば、喘息死は問題にならないであろうと推測されるからです。ベロテック乱用によって心臓死がおきているとすれば、デキサメタゾンの有無に関わらず心臓死はおきるはずです。

1997年6月号の文芸春秋で櫻井よしこさんが、“つぎつぎと喘息患者が死んで行く”と題したエッセイの中で、ベロテック乱用(?)で亡くなった喘息児を紹介していました。



取材を始めるとすぐに、ベロテックを常用していて亡くなった喘息患者がいたとの情報を得た。

亡くなった時、星野徹君(仮名)はまだ十代の少年だった。活発な優しい少年だった。母親の碧さん(仮名)は、五年前に徹君が亡くなってからずっと閉めきりにしていた彼の部屋を、はじめて開けてくれた。
「何年たっても思い出すと辛くて、子供の部屋に入っていけないんです。ずっと、あの子が生きていたときのまま、亡くなったあの日の朝、息子がベッドから起き出したままにしてあります」
徹君は亡くなる前、ずっとフェノテロール製剤のベロテックを常用していた。病院から、ほぼ十日から二週間に一本の割合でベロテックを渡されていた。一本分は百回分の吸入量である。
「休むときはベッドの脇に、出かけるときにはポケットの中に、あの子は必ずベロテックと一緒でした」
と碧さんは言う。
発作を起こしたその日、彼はしばらく苦しそうにしていて母親と病院へ急いだ。
「見ている間に、恐ろしい位に症状が悪くなっていきました。苦しそうで苦しそうで。私は見ていませんがあの日の朝も、たぶん、吸入してから病院にいったと思います。あの子は発作が起きるといつもシュッシュッと吸っていましたから」
碧さんは、徹君がベロテックを吸入する度にその余りの効き目の程に、却って恐ろしくなったという。どんなに苦しんでいても、一吹き二吹き吸うと嘘のようにスーッとなおっていくのだそうだ。



もちろんこれが喘息死した方の典型例ではないかも知れません。しかし、この子のいったいどこが心臓死だと言うのでしょうか? 明らかに喘息の状態が悪くなっているのだとしか思えません。しかもベロテックが原因だなんてどうしても考えられません。また、母親の発言にもベロテックのことを悪く言っている表現など見あたりません。逆にベロテックは心の支えであったようにさえとれると思います。これは明らかに主治医の指導が徹底してないケースだと思います。喘息死のことや適切な来院時期など十分な説明を受けずにベロテックを使い続けていたとすれば、これは主治医は訴えられてもしかたないと私は思います。

繰り返しになりますが、私は基本的に浜先生の立場と同じであると認識しております。時間をかけて粘り強くベロテックを初めとしたβ刺激吸入剤の乱用の非を訴えて行くことには賛成しているのです。ですが、即販売中止は、今まで述べてきましたように日本のこの状況を考えると、むしろ危険なことであり、仮に公衆衛生的に喘息死死亡数は減らせるかもしれませんが、多くの喘息患者さんを路頭に迷わせることになりかねないと思うのです。誰がその保証をしてくれるのですか?

浜先生は、薬害にはお詳しく、いくら薬害関係が素人である私が反対意見を述べたところで、団体として行動が開始された今となっては後に引くことはもう不可能なのかも知れませんし、いつまでも平行線なのかも知れません。しかし、何度も言わせていただきますが、市民の声を代表する団体であるならば、もっともっと患者さんお声をお聞きになってからこの薬剤販売中止という要望書の提出を検討すべきではなかったか? あまりにも早計ではなかったか?と悔やまれてなりません。どうか、もう一度お考え直し下さいますようお願いいたします。

最後に、今回の私の質問に回答を頂きやすくするために、質問事項をまとめさせていただきました。
<1>“一定期間の後のベロテック販売中止”の“一定期間”とはどのくらいの期間をお考えですか? これは、私の吸入ステロイドが普及していない実情に対する意見を踏まえてお答え下さい。
<2>もし、厚生省ならびに日本ベーリンガー社に何の動きもない場合、薬害オンブズパースンは次にどういう行動を起こされるおつもりですか?
<3>ストメリンDについてはどう考えますか?
<4>今回の要求を提出されるに当たり、喘息専門医の意見をお聞きになりましたか? もし、可能なら匿名で結構ですので、その意見をお聞かせ下さい。
<5>同様に今回の要求を提出されるに当たり、ベロテックを使用している喘息患者さんの声をお聞きになりましたか? それも、もし可能なら匿名で結構ですのでその意見をお聞かせ下さい。
<6>この問題に反対意見を述べている医師は私を含めどのくらいおりますか?
<7>ベロテックを愛用している患者さんからの反応は如何ですか? と申しますのも、反対意見に対する貴団体からの返答の手紙が、形式化されていて非常にたくさんあるのではないかと考えてしまうからです。
<8>今回のベロテック問題を薬害オンブズパースンとして取り上げることになったのはどなたのご提案、あるいはどのような情報入手経路でしたか? 差し支えなければその経緯をお聞かせ下さい。
<9>最後に、これまでの浜先生とのやりとりのすべてを、私のホームページ上で公開してもかまいませんか?

以上宜しくお願いいたします。

平成9年6月29日

山形大学医学部臨床検査
呼吸器内科医師・諏訪部章

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