ベロテックの吸いすぎはなぜ危険か?
(2)ベロテックの乱用がなぜ危険か?
さて、ベロテックをはじめいわゆるβ2刺激剤と呼ばれる薬剤がなぜ気管支を拡張させるかがおわかり頂けたでしょうか?すでに可能性の一部を述べてしまいましたが、次にベロテックなどの気管支拡張剤の乱用が何故喘息死を引き起こしうるのかまとめてみました。
<1>本来は病院を受診しなければならないほど喘息自体の病態が悪化している。
喘息の病態が軽症のうちはベロテックを1吸入すれば発作は治まってしまい、しばらくの間は何ともなくなります。しかし、次第に気道炎症が悪化してくるとベロテックを吸入しても効果が不十分になってきます。気道が細くなると薬剤が患部に到達しなくなり、気道を経由して粘膜に到達してはじめて作用を発揮する“吸入剤の最大の欠点”が現れてしまいます。従ってこれ以上気管支拡張剤を吸入しても無意味で、早目に病院を受診しネオフィリンや速効性ステロイドなどの全身投与を受ける必要があるのです。その適格な来院時期を失するが故にねばねばした粘稠(ねんちょう)性喀痰が細くなった気道を閉息し窒息死してしまうと考えられています。よく、気管支拡張剤を吸入しても良くならないからとせっかく来院したのに、“ステロイドなどは体に良くないから”と言って、また気管支拡張剤のネブライザー投与を指示する医者がいますが、はっきり言ってこれはタブーです。かえって苦しくなるばかりです。(大きな声では言えませんがそのような医者からは早く逃げるべきです。)ただし、軽症の小児喘息のように家で吸入剤を使用して来なかった場合はネブライザーを最初に試みる価値はあります。この意味で、上手な気管支拡張剤の吸入は発作がひどくなる前に早目に行うことです。あまり吸ってはいけないからと我慢するのは禁物です。
<2>気管支拡張剤が効きにくい状態に陥っている。
これは、(1)で述べましたように気管支平滑筋細胞上のβ2リセプターが減少してしまっていることがその理由と考えられます。繰り返しになりますが、普段から吸入ステロイドを定期的に行い、気道炎症を鎮め発作が起こらない状態に保っておくばかりでなく、β2リセプターを正常状態に保っておくことが寛容です。
<3>頻回吸入が心臓発作を誘発する。
ベロテックなどは、他の気管支拡張剤に比べ心臓を刺激する作用が強いことも(1)で述べました。従って、ベロテックの乱用は心停止を誘発し、これが過量投与による喘息死の原因の一つと考えられています。しかし、私は元々心臓に合併症を持っている方なら別ですが、心疾患を合併していない喘息患者さんの多くがベロテックの吸いすぎによる心臓発作が原因で命を落としているとは考えにくいと思います。喘息死した患者さんが空になったベロテックの容器を握っていたり、あるいは遺体周囲にベロテックが転がっていたりという状況証拠だけからの推論であって、喘息死した患者さんを解剖して心停止を起こしたことが実際に証明された事例は非常に少ないと思います。むしろ解剖所見からは、細くなった気道に粘稠性喀痰がつまっていることが証明されており、死のぎりぎりまでベロテックに頼り来院時期を失して窒息してしまった状況がうかがえるのです。
<4>気管支拡張剤の担体であるフロンガスが気道を刺激している。
現在普及している定量噴霧式気管支拡張剤はほとんどがフロンガスを担体として使用しています。フロンガス自体を吸入しても気道を刺激することが報告されています。軽症発作の場合は、同時に気管支拡張剤が含まれていますので、拡張効果が打ち勝って気管支が広がってくれますが、重症になるとフロンガスによる気道刺激の方が強く現れる可能性があります。しかし、“フロンガスが人体に有害なのだ”と勘違いしないで下さい。フロンガスは不活性ガスと呼ばれ人体に入っても悪い作用はありません。フロンガスは、オゾン層を破壊してより多くの紫外線を地球にもたらすとの理由で撤廃が叫ばれている物質ですから、くれぐれも“気管支拡張剤にはフロンガスが入っているから危ないのだ”と短絡的に考えベロテックなどを毛嫌いするのは考え物です。あくまで、気道炎症が重症化しているときに限り、繰り返すフロンガスの吸入が気管支拡張効果を上回り発作増悪の誘因になりうるということです。
以上、ベロテック乱用の危険性について述べてきました。繰り返しになりますが、ベロテックに喘息死増加の非があるとすればそれはあまりにも効き目がよい良い点でしょう。そのために、ベロテックを吸えば大丈夫と楽観し適格な来院のタイミングを失ってしまう。私はこれにつきると思います。従って、最も大切なのは、ベロテックを2、3回使用しても発作が治まらないときは早目に来院させる“患者教育”と普段から発作が起きないように吸入ステロイドを定期的に行うことだと思います。またできれば、ピークフローモニターにより自分の現在の状態を客観的に把握しその状態に応じた無理のない日常生活を送ることだと思います。
このような根本的な対策を講じずして、ベロテック使用を制限するだけの処置は、他の気管支拡張剤を“第2のベロテック”にのしあげるだけだと思います。ベロテックに慣れてきた患者さんからむやみにベロテックを奪うことは、より効果の弱い気管支拡張剤を使わざるを得ないことですから、その回数が増えるばかりでかえって喘息死が増加してしまう可能性すらはらんでいると考えます。
(1)へ | 目次へ |
---|