ここ数年、ニュースでも施設内感染に関する話題が多く取り上げられております。これを読んでいる方々もいろいろな事例が思い浮かべられるかと思います。今回は、一般的な中央臨床検査部での検査から離れて、そのような施設内感染アウトブレイクが疑われた場合に、その原因菌の由来を調べる検査法に関して書きます。
通常細菌検査室で行う細菌検査では、検体から分離された菌を分類学上の種まで同定します。しかし、ある菌Xが同時期に同じ施設のAさんとBさんから分離同定されたとしても、すぐにこの菌XがAさんとBさんの間で伝播したとは言えません。どちらも闘病中で抵抗力が下がっているときに、体内に常在菌としてもともと存在した菌が増殖した可能性もありますし、生活環境に広く生息している菌にたまたま別々に感染した可能性も考えられます。AさんとBさんの菌Xがどのような経路でそれぞれの体内まで来たかを解明するには、細菌検査で目標としている種という分類の枠組みはまだ大きすぎるのです。そこで、施設内感染を疑った場合には、さらにもう少し小さい枠組みでそれぞれの菌株を系統づけられる検査をする必要があります。人間同士の場合でも、血縁や個人の確認にDNA鑑定が用いられますが、細菌同士でも大雑把ですが「DNA鑑定」で見分けます。
現在、施設内感染が疑われた菌の菌株間の「DNA鑑定」に多く用いられているのはパルスフィールドゲル電気泳動法(Pulsed-Field
Gel Electropheresis: PFGE )です。大まかにPFGEの流れを解説しますと、菌のゲノムDNAを取り出し、特定の塩基配列を認識して切断する酵素(「制限酵素」といいます)で処理した後に、アガロースゲル電気泳動でDNA断片を長さ順に整理して並べます。バーコードのようなバンドパターンが観察できますので、それぞれの菌株のバンドパターン同士を比較して、判断基準に則ってそれぞれの菌株がお互いに近い関係に有るかどうかを判定します。菌株同士の「血縁の近さ」を、制限酵素の認識する部位の個数で代表させた「ゲノムDNAの変異の度合い」で判断すると言うわけです。
さて、PFGEが通常のDNA電気泳動と少し違う点は、2点有ります。1点目は菌をまずアガロースゲルのプラグとして固めてしまった後、酵素で菌壁だけをそっと溶かして、無傷DNAのプラグを作成し、制限酵素反応から電気泳動と作業を進める点です。ゲノムDNAは糸状の高分子で、通常のDNA抽出操作では容易に切れてしまいます。電気泳動前までの操作で非特異的な切断を受けると、泳動後のバンドパターンが明確にならないため、出来るだけ損傷を防ぐ目的でこのような手順で行います。
2点目は長いDNA断片を分離できるように、電気泳動中に周期的に電場の方向を変化させる点です。アガロースゲル(今巷で話題の「寒天」を精製したもの)は網目状構造を持っているため、この網目をDNA断片のふるいとして用いるのですが、DNA断片があまり大きいとアガロースの網目に引っかかり長さ別の分類が出来なくなります。そこで電場の方向を変化させて、大きいDNA断片も分類可能としています。PFGE法は、本来酵母の染色体研究のために1980年代に開発された方法ですが、その後このようにも応用されて今日に至っております。
原理としては簡単ですが、PFGEにも欠点があります。装置が大きく音もうるさいこと、高額であること、酵素反応の時間が長いため全行程終了まで一週間弱かかること、DNA分解酵素産生菌の場合は操作中に自己融解が起こり、バンドパターンが観察できないこと、等です。
実は検査部の片隅にこのPFGEの装置があります。スペースの都合で一時片隅に置かれていた器械でしたが、再度日の目を見ることになりました。もしもの時にお役に立てますように、またもしもの時でなくてもお役に立てますようにと、筆者目下鋭意努力中です。優秀な検査部・器械・試薬に助けられ奮闘しております。みなさま何卒宜しくお願い申し上げます。
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