岩手医科大学臨床検査医学講座

第1号 〜



病理と料理

中央臨床検査部臨床病理部門 中村 眞一

 

 
 
「あなたのご専門は何ですか?」医療関係者以外のいわゆる普通の人との会話で投げかけられた質問にどのように答えようかといつも悩んでしまう。「病理です」と答えると「フランス料理?イタリア料理それとも中華かな?」と次の質問が飛んでくるのが目に見えているからである。病理と料理は会話の中では実に紛らわしい。日本では、外科や内科、耳鼻科、眼科などは誰もが知っているのに病理に関しては全く認識されていない。病理なんて言葉を聞いたことがない世間一般の人は、「病理」をよく知っている言葉の「料理」と聞いてしまうのである。
 以前ロンドンで10 ヶ月ほど暮らしたとき、郊外の小さな町の理髪店で髪を切ってもらったことがある。太い指のイギリス人の主人はそれでも器用に鋏と櫛を使って東洋人の髪を注文通りに切ってくれた。「何をしているんだ?」「日本からきた医者で、病理医だ」「忙しいか?」「暇だから髪を切りに来た」彼には病理医がどのような職種か知っていて会話の前後で少し態度が変わった様である。髪を切った後コーヒーをご馳走してもらった。米国に留学した友人も、部屋をリフォームしてくれた大工さんが病理医とその職種をよく知っていて驚いたと語ってくれた。
 欧米と日本では病理医の社会的認識がまったく異なっている。なぜなのかはまた別の機会に意見を述べてみようと思うが、今回は病理と料理の類似点について触れてみたい。
 病理には「切り出し」という作業がある。内視鏡や手術で摘出された材料を、刃物を用いてスライドグラスの上に載せるくらいの大きさに切り出す仕事である。用いる刃物は材料の大きさに従って、メスから30cm くらいの刃渡りの、刺身包丁のようなものまでを用いる。3 @から5 @くらいの幅で病変部を全割するときは刺身を作っている様である。さいの目切り、イチョウ切りや桂剥きはさすがに無いが、包丁さばきならぬ刃物さばきは病理医には重要な技術である。

 もうひとつは電子レンジである。電子レンジは今では病理標本作製には欠くことの出来ない機械になっている。その用途は固定、脱灰、抗原の賦活化などである。マイクロウエーブには魔法の力があるようで、原理原則はよくわからないのに電子レンジでチンすると、霊験あらたかな現象が起こることになる。電子顕微鏡の材料を固定する時にマイクロウエーブをかけると、超微形態の保存に有効であると考えられている。また術中迅速標本作製では、脂肪組織は氷点
下20 度に凍結しても柔らかくて切れないが、マイクロウエーブで処理するとなぜか切れるようになる。抗原抗体反応を利用した免疫染色では、前処置で切片をレンジでチンをするとよく染まるようになるのである。抗原の賦活化にはいろいろな方法があり、抗原基を覆う不要な蛋白を除去して目的の抗原抗体反応が可能となると考えられる蛋白融解酵素処理、あるいは煮沸やオートクレーブで加熱して抗原基の賦活化をする方法があり、マイクロウエーブも加温の効果と考えられているが、それだけではないらしい。
 病理と料理にはこのような共通点があるが、病理医が料理の才能を持っているかどうかは疑問である。電子レンジの使い方は多分上手だと思うのだが・・・・。

 


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