小泉内閣により、医療改革(改悪?)が始まり、医療費の総額抑制が明確になってきました。一方で国立大学、国立病院が独立行政法人化されることが決まり、我々を取り巻く医療の構造は大きく変化してきています。経済のグローバル化と相まって、医療もグローバルスタンダードが要求されています。医療のサービス産業化が明確になり、選ぶ時代から選ばれる時代へ変わってきています。個々の選別化が更に進行し、能力のある者が選択される傾向が強まってきています。この傾向は一般社会では既に定着しており、リストラは社会問題化しています。これらの背景として、社会のデフレ化が基本要因として重要です。デフレ型社会は需要側(買い手)が有利で、供給側(売り手)が不利です。医療では患者さんが前者で、病院側が後者になります。病院は選別される時代に突入しました。一方病院の内部でも大きな変革が起きてきています。国立大学付属病院・院長会議では、中央臨床検査部を廃止し、薬剤部、材料部などを合わせて診療支援部として統括する試案を発表しました。検査そのものも外注化が基本になり、院内での検査はかなり限定されることが予想されます。臨床検査はこのままでは、単なる物として扱われてしまいます。検査部は自らの存在意義を明確にしなくてはなりません。デフレ型社会において検査部が生き残るためのキーワードを提示し、それについての自らの考え方を述べたいと思います。
A.検査は院内サービス産業である。
臨床側へのサービス部門としての基本認識が必要になると思います。早く、正確に、やさしく、が当たり前になるでしょう。提出された検体は正確に検査し、迅速に提出しなくてはならなくなります。検査の問い合わせに関しては、やさしく、丁寧に、対応することが要求されます。デフレ型社会では需要側が有利なのです。しかしむやみに臨床側に迎合することは厳に慎まなければなりません。相手が間違っていると思えば、それを指摘することが必要です。迎合することは自らをおとしめる行為と考えるべきです。我々は医療監査の立場にあることを意識しなくてはいけないと思います。
B.新しい技術の提案が要求される。
これだけ技術の進歩は早いのに、新しい検査の導入が必ずしも早くないのは何故でしょう? 病理では私が入った15 年前と大した技術上の変化はありません。分子生物学の進歩は著しいのに、病理のルーチン検査に分子生物学的技術は導入されていません(研究レベルでは大いに行われているが)。デフレ型社会では需要側は供給側に常に新しいものを要求しています。時代の進歩に対応していなければ、直ぐに気まぐれな買い手側(需要側)にあきられてしまいます。
悪性リンパ腫の診断に分子病理診断は不可欠になりました。軟部腫瘍の診断にもキメラ遺伝子の同定が病理診断にダイレクトに対応するようになりました。ウイルスの同定にはin
situ hybridization は不可欠です。乳癌の治療選択のためにある種の癌遺伝子の増幅(Her 2)を同定することが保険適応となりました。分子病理の要求は今後ますます高まるでしょう。もし病理部門が院内の病理標本作製部門のみであるとするならば、その存在意義を大幅に減らすことにな
るでしょう。しかし今までの古典的な手法が用済みになった訳ではありません。古典的手法は先人が失敗を重ねたあげくに到達した効率的な手法であることを忘れないことです。今まさに"古き革に新しい酒を盛る"、ことが要求されているのです。
C.専門知識の習得とその提供。
忘れてならないのは我々は臨床検査の専門集団であることです。そのためには一生懸命勉強し、最新の知識の習得に貪欲でなくてはいけません。今はIT
化が進み、知識の習得は以前より格段に簡単になりました。最新の専門知識を提供できない人は自ずと評価の低い方に分類されることになるでしょう。各種の認定資格が大いにさかんですが、今後は個人の選別化のために利用されることが予想されます。デフレ型社会では個人の選別化が否応なくおきます。資格は自らのためにも積極的に取得すべきです。学会や研究会の積極的参加も必要です。"学会や研究会での発表は病院や自らの宣伝の場"ととらえる、意識改革が必要です。従って参加するためには自ら発表することが前提になります。そして発表したものは論文化することも重要です。文字はほぼ永遠に残ります。一部かも知れませんが、論文は人類の進歩に間違いなく貢献しているのです。死んで残るのは、"墓と論文"だけであることを銘記すべきです。
D.カンファランスへの参加とその必要性。
デフレ型社会では以前にも増して、仕事の質が要求されます。需要側はたくさんの同類の物から、1 つの良質なものを選べるのです。カンファランスは専門家による症例検討会です。検査部も積極的に参加して、効果的・合理的な診断・治療の確立に貢献すべきです。カンファランスは病院の質を高める効果的な方法なのです。医療訴訟が横行し、何千万円という賠償額になることも稀ではありません。間違いや勘違いは人間である以上、なくすことは不可能と思います。従って間違いを最小限に食い止めるセイフティーネットが必要です。カンファランスはその役目を担うことができます。多くの人の目を通過させることによって間違いを減らすことが可能です。質の高い医療を供給している医療機関はカンファランスが頻繁に行われています。病理では、第1
内科、第1 外科と3 つのカンファランスを定期開催しています(胃、大腸、肝・胆・膵)。最近では第3 内科、第3 外科、放射線科と胸部腫瘍カンファランスを行っています。一
人で勉強するより、他人からの耳学問の方が効率的なこともあります。
医療においても能力社会が目の前にきています。デフレ型社会ではお互いに良質な競争をすることが要求されます。しかし相手の足を引っぱるような下賤な行為は必要ありません。"仕事のできる人"は皆がみています。でも引っ込み思案では行けません。正当な評価を得るために、自らを積極的にアピールする能力が要求されています。
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