(8)50歳、女性。(その4)

  1996年1月、近年には見られない大雪となり、寒い日が続いていました。咳と痰、喉の痛み、風邪が元となり発作が起き、記録していたピークフロー値も下がり、時には吹けない日もあり、先生からは入院の声も出されていました。が、前回の入院で病状を理解してもらえず、辛い入院生活を虐げられた経験をしたため、通院しながら外来で点滴を受けさせて頂くという我がままを聞き入れてもらうことになったのです。
 車のハンドルを廻せず、駐車場から歩くことが出来ない。病院の玄関まで送ってもらうが、そこから内科外来受付までの僅かな距離を歩くだけで上胸部の圧迫息苦しさで立ち止まること数回、深く息を吸い込み呼吸を整えるが、一歩踏み出す辛さ、体に力が入ることで呼吸困難が始まる。ゆっくりゆっくり歩き待合椅子にたどり着き、診察の順番を待つのですが、タバコの臭いを持った人が近づいたり、隣に座られたりすると即喉にイガイガと締め付けが起き苦しくなる。そのつど席を移動しなければならない。整髪料、香水等によっても呼吸困難が起こる為、それもまた通院の辛さでもありました。
 そんな状況の中で点滴を受けていますと、
「また点滴かよ。君はよほど点滴が好きなんだね。」
と横目で見、足早に通りすぎて行くかつての主治医。そんな時鋭い刃物で刺された思いで胸が痛む。一連の屈辱に耐え忍ばなければならないのも私のような患者には宿命なのかもしれません。
 主婦であることを家族に宣言したくて台所に立ち、エプロンをかけてみる。これがまた体にずっしりと重さを感じさせる。大根を持つ手に力が入らずおろしが出来ない。秋のお彼岸、亡き母の大好きだった太巻寿司を供えたくて玉子焼を焼いてみるが返せない。フライパンの重さと油の臭い、上半身の動きが苦しくする。泣くまいと必死に耐えるが涙は落ちる...。そんな自分が情けなくてその場に座り込み、声を出して泣いた。
 夏が短かった。秋の終を告げる頃に近く野山や畑の田んぼの野焼きの煙の臭いが立ちこめていた。夏に敷いたい草畳のあの強烈な臭いに勝るひどい臭いが雪の降る12月まで続き、イガイガと喉の詰まり、眼痛、頭痛、胸部の圧迫、空気の薄さがいつも呼吸困難を引き起こしていた。動悸が伴い動けない、ピークフローは下り続ける。衣類に付いたタバコの臭い、新聞のインクの臭い、寒暖の差に声が出ず、会話が苦しくなる。横になれず眠れない夜を過ごすことが度重なっていた。病院に出る以外はまったく外出できない。息苦しさとけだるさで身の置き場が無い状態でした。
 外来受診日には決まって点滴を受けていました。平日は内科外来処置室で、土・日は救急外来と今年2回目の連日で受ける点滴が決まった時、前回のことが頭をよぎり点滴を受け続けることへの罪悪感を感じずにはいられませんでした。

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