(5)主治医のコメント(その5)

 あまり良い例えではありませんが、ずっと貧しい生活(気道に炎症の続く状態)を送っている閉鎖的な民族があるとします。貧しいとは言っても、日照りや大雨で農作物がとれず、食べる物がなくなってしまうわけではない(発作がない)ので、貧しいとは自覚しないはずです。しかし、この民族の人々を文明国家(日常生活制限のない快適な生活)に連れていって体験させたらどうでしょう。豊富な食事、飛行機、自動車、電化製品、コンピューター...。こんな素晴しい世界があるのだと自覚し、その時初めて今までの自分たちの生活の“貧しさ”に気がつくはずです。それでも、われわれの生活は素晴しいのだと今までの生活に固執するならそれはそれで良いと思います。しかし、こんな生活をしている人々がいるのだよと教えてあげることは、我々医師や親の義務であり責任ではないでしょうか?(裕福と貧乏
 彼女のお母さんから「療養所に入所した子は皆良くなっています。」と聞いたことがあります。彼女もそのうちの一人でしたが、そんな彼女でも私のところに来た頃はPF値が300前後でした。しかし、吸入ステロイドを始めて400以上を記録できるようになったのです(ピークフロー値の変化)。喘息においてPF値が上昇することは、単なる値の上昇だけではなく、必ずそれに付随して症状や生活の質の改善がもたらされるものです。そう考えると療養所の他の子ども達も彼女のようにまだまだ改善の余地があるのではないかと思えて少し惜しい気がします。
 彼女は中学生の頃からブラスバンドをやっていましたが、高校に進んで勉強や病気のこともありやめてしまいました。その頃は余り良い状態ではなかったので仕方のない判断であったと思います。しかし、喘息だからブラスバンドができないのでは、余りにも可愛そうでなりません。もっともっと早く、良い状態に治してあげることができたら、優秀な音楽家になれたかもしれないと考えると惜しい気がしてなりません。現在彼女は、400から450位のPF値で推移していますが、私はもっと吹けるようになるはずだと考えています。
「喘息は完治しなくとも、今のような状態がずっと続いてくれたらと願っております。」との言葉は、今まで彼女と苦労をともにしてきたお母さんの心からの願いであると思いますが、もしこの寄稿集を読んでもっともっと良くなりたい、薬から完全に離れたいと思ってくれたなら、いつでもそれに応えて行こうと思っています。

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