(5)主治医のコメント(その4)

 彼女もお母さんも半信半疑で使い始めたようでしたが、症状の改善は手紙に書かれている通りでした。効果が現われた後だと、何でも好きなことが書けてしまいますが、なぜ私がさほどひどい発作を起こしている訳ではない彼女に吸入ステロイドを勧めたのでしょうか?はっきり言って、私のところを訪れた時彼女は、以前に比べたら発作の回数も減り、このまま内科の方で薬をもらえたら位の気持ちだったと思います。それなのにいきなり薬を、しかもそれは以前に使って効果がなかったステロイドを増やされるはめになってしまっては、親としても納得ゆかないことであったでしょう。それは、“発作のない生活”から、“人並みの生活”へ、そして“薬のない生活”へ、これが私の喘息治療の信念であったからです。私が始めて彼女を診察した頃は、以前に比べたら発作の回数が減ってはいましたが、テオドールのRTC療法にても、月に1、2度は軽い発作を起こしていましたので、まだまだ気道の炎症は残っていると判断したから吸入ステロイドを勧めた訳です。そして、発作がなくなるばかりでなく、これまでに経験したことのない良い状態を一度体験させてあげようと考えました。
 多くの喘息の患者さんは、発作で苦しい状態から脱するとそれが良い状態と考え満足してしまっていることが多いのです。しかし、発作のない状態でも、走ると息が切れる、階段を一気に登れない、朝咳で目が覚めるなど小さな日常生活制限を受けていることが多いのですが、残念なことにこれらは、「喘息だから当り前」と思っていることばかりなのです。これらは、吸入ステロイドで気道の炎症がとれて症状が消失して始めて気付くことばかりなのです。
 彼女も、朝学校に遅刻しそうになって走っても息が切れない、体育の運動時のゼイゼイがとれた、などを経験したようでした。これらはすべて「良くなって始めてわかること」ばかりなのです。とにかく一度良い状態を経験させ、これだけ良くなることができるのだと自信を与えることこそ私の役目であると考えていました。その状態を知ってもなお、前の状態に甘んじてもいいと言うなら仕方ありません。しかし、多くの患者さんは一度良い状態を経験すると以前の状態には満足できなくなり、逆に調子が悪い時にはそれを自覚し、良くなるまで無理をしなくなるものです。

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