(1)主治医のコメント(その1)

 冬のある日の午後、出張先の小さな病院で外来診察をしていた時、小学5年生の青白い顔の男の子が母親に連れられて診察に来ました。たった今近くの国立療養所の小児科を退院してきたばかりということでした。彼は約10ヵ月に及ぶ入院加療にても一向に症状が改善せず、発作を繰り返す毎日であったようです。定期的に内服薬を服用してはいましたが、発作時は去痰剤のみのネブライザーを行うだけで、ネオフィリンステロイドの点滴はなかったようです。吸入ステロイドを行ってはいたのですが、スペーサーなどの補助器を使用せず、また大切な息こらえも行われていませんでした(吸入療法について)。さらにそのような状態が続くなか、“鍛練療法”の一環として“なわとび700回”や“乾布摩擦”などをさせられていたらしいのです。結局彼は食事があわず体重が激減したため退院しました。翌日から学校に行くつもりだったらしいのですが、もし発作が起きた時に診てもらえる病院がないかと模索していたところ、知人の勧めで私のもとを訪れました。
 この子を聴診した私は愕然としました。いわゆるラ音が聴取される発作状態にあったのです。おそらく長期間発作状態にあったため息苦しくてもそう感じない、いわゆる“低酸素への慣れ”に陥っていたのです。人間は低酸素状態にさらされると、呼吸苦を感じることで、その状態から脱しようとする防御反応が働きます。この状態への慣れは、一見苦しくないからいいと思われがちですが、この状態を続けることはちょっとした負荷が加わった時に喘息死などを招く可能性のある極めて危険な状態と考えられているのです。
 私は明日から学校に行こうとしていた彼を説得し再入院させました。私には彼を短期間で良くしてあげられる自信がありました。それはピークフローメーター(PF)を記録させステロイド点滴をある一定期間行うことでした。その臨床経過は劇的で、入院1日目は咳が多少でましたが、2日目には自覚症状はまったく消失し、ステロイドの作用もあって食欲が回復し血色もよくなりました。入院2日目から開始したPFは、最初は150位しか吹けなかったがぐんぐんと上昇しました。普通ならこの辺で点滴は止めていたかもしれませんが、私はどんなに症状が治まってもPF値がそれ以上に上昇しなくなるまで我慢してステロイド点滴を続けることを指示しました。この入院で気道炎症を完全に取ってあげようと考えたからです。思惑どおり彼のPF値は入院5日目から350前後で安定したので、私は点滴中止を指示し、吸入ステロイドをスペーサーを使用して開始させました(ピークフロー値の変化)。吸入ステロイドは十分に開いた気道に作用し、乾き切った大地に降り注ぐ“恵みの雨”のように彼の気道粘膜を潤してくれます。PF値が低下しないことを確認し、私は10日間で彼を退院させ、学校に行くことを許可しました。

本人の手紙へ お父さんの手紙へ お母さんの手紙へ 主治医のコメント 目次へ