(5)主治医のコメント(その3)

 彼女のお母さんは非常に喘息について良く勉強し広い情報をお持ちでした。私が、彼女とであったのは中学を卒業して高校へ入学する時でしたが、それまでにお母さんの手記に書かれてあるように、食事療法など恐らくあらゆることを試されたのではないかと思います。実際、吸入ステロイド療法もすでに使用していたようでした。私が、吸入ステロイドを勧めた時、確か「それは前に使ったことがありますが、効き目はありませんでした。」と言われたのを私は覚えています。それを聞いてもなお私が吸入ステロイドにこだわったのは、それまでの吸入の仕方が不完全で効果が現われなかったためだと確信していたからでした。それは、当時はボルマチックインスパイアイースなどのスペーサーが普及していなかったからです(付録1.吸入療法)。
 実は、欧米で吸入ステロイドがすごい効果を発揮しているらしいとの情報が先行し、日本にも吸入ステロイドが出回り始めた頃は、我々内科医にも同じような経験があったのです。すなわち、あれほど騒がれた薬なのに実際使ってみてもさほど効果はえられなかったのです。それは“吸入指導”について正しい理解を持っていなかったことが原因だったのです。それまで存在していたベロテックなどの吸入気管支拡張剤は、ある程度吸入操作が下手でも喉から吸収されれば血液を介して気管支に達しますので気管支を広げる効果が得られたのですが、吸入ステロイドは薬剤が効率良く気管支にじかに達しないとまったく効果を発揮しないことにあったのです。これは、吸入ステロイドの利点でもあるのです。すなわち、喉から吸収されて血液に入っても肝臓で分解されるので副作用がないことです。ですから、ある程度のステロイドを吸入しても副作用がないのです。スペーサーがなくてもうまく吸入できる人はそれなりの効果は得られるのですが、スペーサーを使用すれば吸入の下手な人でも効果が得られることが知れわたるようになってはじめて吸入ステロイドは内科領域で広く行き渡るようになったのです(吸入ステロイド剤の作用経路)。恐らく彼女が吸入ステロイドを吸った時期はスペーサーの有用性が認識されていない頃だったのでしょう。

本人の手紙へ 佳作受賞作文へ お母さんの手紙へ 主治医のコメント 目次へ